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30歳になっても僕は子供のまま 1
いつものようにファミマに入った。夜中のコンビニは嫌いだ。夜勤のスタッフは態度が悪いし、僕が来たら明らかにめんどくさそうなそぶりを見せる。特に若い男だと最悪だ。おじいさんなら最低限の丁寧さを示してくれる人は多い。若い男だといつも喧嘩を売られているんじゃないかと思えてくる。と言っても僕もコンビニの夜勤で働いているから人のことは言えない。夜勤は接客以外にもやることがたくさんある。洗い物、油の交換、掃除、
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怜奈は以前デリヘルで働いていた。僕とネットの掲示板で知り合った頃だ。その時僕は東京で一人暮らしをしていて、とにかく働くことが嫌だと思っていた。何の意味もない軽作業とか、誰が見ても嘘だとわかる愛想笑いをしなければならない接客とか、一ミリも尊敬できないおっさんに怒鳴られることとか。そんなことが耐えられなかった。でも働かないと家賃が払えないからどうにかしなければならない。そこで考えたのが自分の身体を売る
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新居に引っ越す少し前から僕は派遣会社に登録して仕事を紹介してもらうことにした。紹介されたのは向日町駅の近くにある工場でのピッキングの仕事だった。いわゆる軽作業というやつだ。僕が任された仕事は日用品のピッキングだった。トイレットペーパーとかちりとりとか石鹸とかを決められた数だけ取って決められた箱に入れる。ただそれだけの仕事。職場には無闇やたらと人を怒鳴り付けるようなおっさんはいなかったし、どちらかと
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阪急烏丸駅から十三に向かった。改札を出てすぐの所に大きなロータリーがあってその前にシュンが立っていた。赤い法被を着て自分の背丈より高い看板を持っていた。ロータリーの周りの石垣に座っている人が結構いた。スーツ姿のサラリーマンやスマホを見ながら誰かを待っている女性、昼間から缶ビールを飲みながら話しているおっさん。立っているのはシュンだけだった。大きな看板を支えるのではなくもたれ掛かるような姿勢で下を向
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工場では誰とも話さなかった。僕は家賃を払い飯を食う為だけに日用品を棚から箱へ移した。工場で働く人間というのは、その工場の中では勝者だ。彼ら彼女らはそれぞれの日用品の違いがわかる。そしてそれぞれの番号の棚に振り分けられた商品を指定の箱に入れることができる。しかもそれらを最低限のスピード感で休憩を挟みつつではあるが一日八時間ほど続ける忍耐力がある。長期間に渡ってだ。だから彼ら彼女らはその能力を買われて
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僕は男の忠告に従うことにした。派遣会社に断りの電話を入れ、次に働く職場を自分で探すことにした。タウンワークで見つけたのはセラピスト募集の広告だった。接骨院の先生になるには三年間学校に通って国家試験を受けなければならない。でもセラピストであれば一ヶ月程の研修の後すぐに働くことができるようだった。
研修が行われる場所はビルの中にあるオフィスだった。何もない部屋にベッドが並べられていて、十人くらいの生
30歳になっても僕は子供のまま 7
仕事は楽しかった。というのは、僕はマッサージというものが好きだったということ。何で好きなのかはよくわからない。ただ単に興味があるということ。手が触れた時に、手が暖かくなっていく感覚。それが人の身体に伝わっていく感覚。その目に見えない感覚に興味があったから楽しかったんだと思う。けれど僕に興味があったのはそれだけだった。やっぱり人と接するのは苦手だったし、電話対応も上手くできない。作り笑顔が上手くでき
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一見すると探偵事務所みたいな場所だった。実際に探偵事務所に行ったことはないけどドラマか映画で見たように本とか資料が机やソファーに山積みになっていた。目の前に座っているおっさんが白衣を着ていなければここが何の場所か誰もわからないだろう。
「今日はどうしました?」
「あの、セラピストの仕事をしていたんですけど、マッサージをする仕事なんですけど、接客が上手くできなくて、お客さんと上手く話せなかったり
30歳になっても僕は子供のまま 9
数年前、中学の同級生がバンドをやっていると知った。
その後そのバンドはメジャーデビューして、瞬く間に有名になっていった。
ある日、そのバンドが学園祭でライブをすることを知った。
僕と怜奈は電車に乗って大学に向かった。
着いた時にはステージの前にたくさんの人がいた。
僕らは客席から少し横にずれた木の陰から見ることにした。
しばらくすると、彼らはステージ上に現れ、それぞれの楽器に向かった。
30歳になっても僕は子供のまま 10
ピロンという聞き慣れない音がスマホから流れて目が覚めた。数分おきとか数十秒おきにピロンと鳴った。見るとCメールだった。どうやらシュンのようだ。何か長文を送ろうとしているけど文字制限があるから細切れの文章を何度も送って来ているみたいだった。僕はCメールの番号に電話を掛けた。二回掛けたけどシュンは出なかった。電話を切ってしばらくするとまたピロンとCメールが届いた。仕方なく僕はシュンが文章を送り終えるの
もっとみる30歳になっても僕は子供のまま 完
朝の準備をしていた。目覚ましが鳴って起きたら、帰ってきて絶対寝てやろうと思う。でも帰ってきた頃にはもう身体が目覚めてしまっているから寝ることなんかない。一番良いのは起きて、帰ってから寝てやろうじゃなくてすぐ寝ることだ。それが一番良い。
朝は目も口も乾いていて吐き気がする。死んでたのに蘇生したみたいだ。
シャワーを浴びる。頭から浴びる。そうしながら意味のわからない言葉を発する。声を出さずに発する