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若気の至りで学生起業したトレーナーが同業から見放された話

ひっさしぶりにnoteを書きます(^^;)

今この記事を書いている時は、新型コロナで緊急事態宣言が出ています。

幸い、今回フィットネスクラブやジムは休業の対象外なので、お店を閉めずに営業ができています。

あとは、オンラインでサポートさせていただける体制にも恵まれまして、何とかご飯を食えている状況には感謝しかありません。

今でこそそれなりに多くのダイエットや不調に悩むお客様、学生アスリートを毎日サポートさせていただけていますが、

そんな川谷も、ほんの1~2年前までは悲惨なトレーナー生活でした。

学生時代、師匠に背中を押されノリと勢いで起業を決意

何となくお察しの方はお察しかもしれませんが、川谷には就職歴がありません。

なぜかというと、筑波大学の大学院にいる時からトレーナーとして独立していたからです。

同時に東京と千葉にいる師匠の塾に入り学びに行ったり、それより前にジムでのバイトやIT会社でのインターンなどもやっていましたが、

正規で雇用してもらって同行というのは生まれてこの方一度もありません。

こんなことを言うと、『半端もんが!』と言うお怒りの声も聞こえてきそうですが、

そうですまさしくハンパもんです。

そんなハンパもんの川谷が、あろうことが思いついてしまったのが、学生起業でした。

当時お世話になっていた師匠に『起業しちゃえよ。お金はクラウドファンディング(オンライン上でプロジェクト資金を集めるやり方)でも何でも集められるんだから』

(ちなみにその方はクラファンをやったことはありません)

そう言われたことをきっかけに火がついてしまい、当時同じトレーナー塾にいた4つ上のパーソナルトレーナーと一緒に、つくばに店を構える決意をしました。

資金集め、多くの同業からバッシング

クラウドファンディングは今でこそメジャーな資金調達の方法になりましたが(草彅剛もあれだけCMやってるしw)、

当時はまだまだやっている人は少なく、ましてやトレーナーの業界でやっている人はほぼ皆無でした。

とはいえもう後には弾けない川谷は、師匠に背中を押されるがまま、ノリと勢いでクラウドファンディングをスタートします。

すると、今ままでお世話になった人々からの応援と同時に、見ず知らずの同業者から言われのない避難が殺到しました。

『学生のノリで起業なんて、ましてや人から金もらうのか』
『事業計画書は?それがないと支援してもらえないぞ』
『ビジネスをなめんな』

どうやらこの社会では、挑戦する人に対しての風当たりがとても強いようです。

来るんじゃないかと予想していなかったわけではないですが、流石に真に受けるといくら知らない人からと言ってもだいぶ堪えるもので、

ただもうその時はいっぱいいっぱいだったので、必死でできるフリして事業計画を書いたり、たくさんの社長の元に行って営業回りして頭を下げたり、

できることは全部やりました。

そして何とか、目標金額を集めることができました。

バーンアウト、ついには師匠にも見捨てられ頭も心すっからかんに

一頻りクラウドファンディングやり切った後、むしろこれからだというのに川谷の頭はショートしていました。

一種のバーンアウト(燃え尽き)的なやつです。

あれだけ行動力とアイデアがバンバンに出ていたのに、何も考えられないし何も行動できない。

焦る気持ちと反対に何もしたくない自分にジレンマが募ってきます。

しかも、ここで川谷の無計画さが裏目に。。。

当時の川谷は、スタジオ起業を進めながら

・大学院の修士論文の実験と論文作成
・東京のインターン先で毎月出される新規獲得ノルマ

これらを同時にこなさなければなりませんでした。

今思うとただのバカです。

何でそのタイミングでノリと勢いで起業を決意してしまったのだと。

当時の師匠にも『色々やりすぎだよ』と掌を返される始末。

スタートするとなった途端から応援してくれていた人々の風当たりが強くなりました。

(あれ待てよ?やれって言ったのあなただよね。。。)

弱音を吐きたい気持ちはたくさんありました。
まだ自分には経験がないのに、何をして良いかわからないのに、

無責任な大人が無責任に背中を押して、いざやるとなったら見放すのかと。

そう思ってしまっていました(ごめんなさい)。

でも今思えば、全ては自分の責任です。

今まで師弟関係だったり、上下の関係でいたから可愛がってくれた人たちも、一度独立して同じ立場になるとなれば、ライバルであり競合です。

食うか食われるかのビジネスの世界で、自分や仲間、家族の身を守らなきゃいけない

周りの大人や熟練者と対等にやりあわなきゃいけない。

それを暗に伝えてくれていたのかもしれません。

独立するということ、代表になるということになるということは、それだけ重い責任をたった1人で背負うことなのだと、その時痛感しました。

いつしか川谷の心も疲弊して、言葉をまともに交わせないくらい病んでいました。

見放さなかった地元の人々

ただそこで幸いなことに、新たに手を差し伸べてくれる仲間に出会うことができました。

地元の自営業者の皆さんです。

トレーナーとは全く関係のない職種の方々ですが、皆さん地元で若手が起業するとなったら応援しようとしてくれたのか、

イベントに呼んでくださったり、お客様を紹介してくださったり、実際にクライアントになってくれたり

川谷もそれに対して、病みながらも全力で身体作りをサポートしました。

そしたらクライアントさんが喜んでくれて、またお客様を紹介してくれたり、大学生の頃から書いていたブログから問い合わせをもらうようになったり、

止まっていた歯車は少しずつ少しずつ動き始めました。

今になって思うこと

半端もんで起業してしまった学生トレーナーが、人生のどん底を経て、地元の人々に助けられて今に至るという話でしたが、いかがでしたでしょうか?

どこまでも他力本願なやつで嫌いになったかもしれませんがw

ただ二つ、忘れなかったことがあります。

一つは、

目の前の人の力に、全力でなるということ

二つ目は、

自分の信念を曲げずに突き進むこと

そうすれば必ず、人生が好転するんじゃないかと、経験から思います。

とはいえまだまだまだまだ経験が足りない青二才なので、これからも誠心誠意クライアントと向き合い、できること全てに全力を注いでいきたいと思います。

コロナでまだ大変な世の中ですが、身体に気をつけて、健康であれば何でもできますから!

では👋

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