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創作寓話ウサギとカメとカメ

私はカメだ。才能とセンスを持ち合わせたウサギが羨ましい。いや、もう羨ましいとすら思わない。私はなんの学歴もなく、経験もなく、人脈もない。だからウサギみたいに速く走ることなんて無理だ。

あるとき、カメはウサギの会合に参加することになってしまった。なかなか気まずい。周りはすごいウサギばかりで、カメの笑顔はひきつり、同時にカメはポツンとひとり、さみしくなった。カメはそこで芥川賞もとった小説家の村上ウサギと出会った。カメは聞いてみた。

「どうしてそんなに小説を書けるんですか?生まれ持った才能があって羨ましいです。」

すると、村上ウサギはこのように答えた。

「小説家になるカメは、頭の切れるタイプのカメではないよ。小説をひとつ書くのはそれほど難しくない。でも小説を書き続けることは難しい。それは才能とはちょっと別なんだ。あと僕はウサギじゃなくカメじゃないかな」

カメはチェッと思った。何を謙遜しているんだ。僕なんて一冊の小説すら書けやしないよ。雲の上の話だと思って、その場をさった。

次にデザイナーの水野ウサギさんと出会った。くまモンをデザインしたウサギだ。カメは言う。

「デザイナーはセンスやひらめきがすごいですね。生まれ持った才能があって羨ましいです」

すると、水野ウサギはこのように答えた。

「それはよく言われるけど、センスは地道かつごく普通のインプットをして、方法を知り、やるべきことをやれば、君もできるようになるよ。センスは知識から始まる。私はウサギではなく君と同じカメなんだ」

カメは『お前もか』と思った。謙虚でいい人ぶるんじゃない。何が「君もできるようになるよ」だ。絵なんて子供の頃描いたきり描いてない。どれだけ絵が下手かみせてやろうか。

もっと別のウサギに聞いてみよう。カメは躁鬱病でアーティストの坂口ウサギを見つけた。カメは坂口ウサギに言う。

「文章を書いたり、音楽ができたり、絵もできて、才能の塊ですね。さすがアーティスト!」

すると、坂口ウサギはカメに逆に質問した。

「この中で私は才能がありますと言ったカメがいたかい?」

カメは「いない」と答えた。「みんな謙虚ぶって、ほんとうのことを言ってくれないんだ。」と付け加えた。

坂口ウサギはうなづきながら、答えた。

「才能という言葉は、自分に対しては使わないんだ。経験者は、他者に対して才能がないとは言わない。才能がないという言葉は、未経験者しか使わない。才能は未経験者が、憧れる人に使って、できない理由をつくって謎の安心感を得るために言うんだよ。」

カメは、腹が立った。できない理由のために言ってるだと。まるで自分が悪いみたいじゃないか。でも図星な部分もあった。だから腹が立った。

「君は誰かやったこともない人に才能がないから無理だと言われたんだろ?」

カメは黙った。

「俺も才能なんてない。芥川賞もとってない。熊本に住んでるだけで、くまモンも作ってない。人から評価されたことがない。でも別に売れなくても全然継続することはできる。作ることが楽しい。それだけだ。才能がないなら、なおさら毎日継続することしかないんじゃないか。」

カメは黙っている。坂口ウサギは答えた。

「君はここにいる全員をウサギだと思ってるだろうけど、カメなんだ。でもカメにも2種類いる。評価を気にせず歩き続けるカメと、評価を気にしていつも手足を甲羅の中に閉じ込めてるカメだ。さっきから「ウサギ」という自分とは違う動物だっていうことで、安心感を得ていないかい?ここにいるカメは、毎日一歩一歩、着実に歩き続けるカメだよ。」

カメはぐうの音も言えなかった。親からいつもお前はノロマで鈍臭いと言われ続けていた。いつしかカメは自分で自分を「鈍臭くてポンコツ」ということで、安心してた。でも昔、絵を描くことが好きだった。カメのおばあちゃんから褒められて嬉しかったことを思い出した。でもそんなのは仕事にならないと思って蓋をしていた。

「え、絵が描きたい、、、」

カメはボソッと言った。

「できるよ、人の評価なんて気にせず、お金になるかどうかなんて考えずに、自由に創ればいい。」

坂口ウサギの方を見ると、ほんとに坂口カメになっていた。周りを見渡すと、ウサギだと思っていた動物が自分と同じカメに見える。もしかして自分がウサギだと思い込んでいただけだったのか?頭が混乱する。

「俺の絵の師匠にタガミガメという長老がいる。タガミガメは78,9歳で、一切働かず、親の仕送りだけで40年間絵を描き続けたんだ。画壇みたいなところで評価されてるわけでも、美術館で展示されてるわけでもない。ただ毎日絵を描き続けている。朗らかで、静かに笑ってるカメだ。今度、紹介するよ。」

カメは驚いた。そんな働かないで絵を描いているカメがいるのか。正直ちょっと怖いと思った。でも人の評価とか、お金のためとかではなく、歩き続けているカメに会ってみたいと思った。

カメは不思議な会合の帰りに、引き込まれるように世界堂でパステルと画用紙を買った。家に着いて、すぐにテーブルに座り、カメは真っ白な画用紙に、パステルで絵を描いた。

一枚目はとても優等生な絵だった。パステルにも折れないように、手が汚れないように、気を遣っている自分に気づいた。

二枚目からカメは指でこすって絵を描き始めた。パステルが折れてることにも気づかなかった。

その絵たちはどこまでも自由だった。

おしまい。

参考文献
『職業としての小説家』村上春樹
『センスは知識から始まる』水野学
『続けるコツ』坂口恭平