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毎日新聞のファクトチェック本格導入に対する佐々木俊尚さんのコメントについて

作家・ジャーナリストの佐々木俊尚さんが先日Twitterで、毎日新聞のファクトチェック特設ページをシェアして、次のようにコメントしていました。

佐々木さんとは一度、アベマプライムでご一緒させていただいたことがあり、イデオロギーにとらわれないバランスの取れたご発言をされる方だと思っています。GoHoo時代も注目してくださったようで、解散の発表時には「残念」とコメントしていただき、運営が苦しい時に佐々木さんにご相談に行っていればよかったと少々悔いた覚えがあります。

ただ、佐々木さんの毎日新聞のファクトチェックに対するコメントは少し誤解があるように思います。何しろ佐々木さんは78万人もフォロワーがいて、メディア関係者への影響は大きい。ようやくファクトチェックの機運が日本にも出てきたところなので、私の考えも述べておきたいと思います。

もっとも、私は(佐々木さんがシェアした毎日新聞のサイトに掲載されている)ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)の事務局長という立場にあります。毎日新聞はFIJのメディアパートナーに加盟しています。FIJは毎日新聞から何ら経済的支援は受けていませんが、そうは言っても協力関係にあります。ですので、これから私が述べる見解は、毎日新聞の立場を慮っていると見られても致し方のない面があり、それを全否定するつもりもないのですが、主旨は、毎日新聞を擁護することではなく「日本の伝統的な報道機関にもファクトチェック活動を担ってもらう意義」にあります。

まず、佐々木さんの言わんとしたことは、こういうことだと思われます。ー自社の記事のファクトチェックをしないまま、自社の立ち位置からみて異なる他者の言説に対するファクトチェックばかりやるようになると、「ファクトチェック」の信頼性が揺らぐよ、と。

それはその通りです。おっしゃりたいことはわかります。ですが、私は毎日新聞には、もっともっと(他者の言説に対する)ファクトチェックに取り組んでもらいたいと思っています。少し長くなりますが、その理由を述べます。

第一に、ファクトチェックは、純粋に当該言説・情報が事実に基づいているかどうかを検証することであり、党派に縛られてはならないものです。毎日新聞はその原則を明記したFIJのガイドラインにのっとって、ファクトチェックを行うと宣言しています社告でも、本格導入すると発表しました。朝日新聞が一時、国会や選挙中の政治家の発言を対象としたファクトチェックに取り組んだ時期がありましたが、国際標準的なファクトチェックの原則に基づいて実施すると表明したのは、全国紙では初めてです。

このことは、次のことを意味します。仮に、自社の立ち位置・論調と異なる、相反する立場の言説・情報ばかりをチェックしていたとすれば、ファクトチェックの原則に反するということです。時おり、自分と政治的立場の異なる言説を批判するために「ファクトチェック」と称する党派的な活動が出現しますが、それは本来のファクトチェックではありません。

この「非党派性・公正性」の原則は難しいのですが、どちらの立場の言説も量的に等しくチェックしなければならない、ということを意味するものではありません(参照)。公正なファクトチェックを行えているかどうかは、自分の考えに近い立場の言説も、異なる立場の言説に対して行うと同様に手加減なくフェアに検証している(と読者から感じ取ってもらえるかどうか)に尽きると私は考えています。

毎日新聞は、周知のとおりリベラル寄りで知られる新聞社です。メディアが一定のスタンス、論調を持つこと自体はごく普通のことで(全く無色透明、中立なメディアなるものが存在し得ないことは論を俟たないので)、ファクトチェックの担い手になることの妨げになるわけではありません。

さて、毎日新聞は9月からファクトチェックを本格的に始めてまだ日が浅いのですが、6件の記事を出しています(10月4日現在)。うち少なくとも次の2本は、リベラルな立場から発信された言説の正確性を検証したものとみられます。
出産費用「今でもゼロに近い」は不正確 支給される一時金42万円では足りない
愛知県知事リコール運動 「署名受任者の住所氏名が公報で公開される」はミスリード

このように、従来のメディアが自社のスタンスに近い立場の言説を検証するということはなかったのではないでしょうか。私はこのように、従来のメディアが自社のスタンスから一歩離れて、事実かどうかを検証するという営みを行うこと自体に、メディアの分断と言われる中で、非常に意味があることだと思っています。

第二に、自社の記事へのファクトチェックも重要ですが、それは国際的には第三者が事後的に検証することを「ファクトチェック」ということがスタンダードになってきているので、それと区別して「紙面検証」「自社の報道検証」と呼びたいと思います。それを充実拡充せよ、という意見には大賛成ですが、それはそれ、これ(第三者的に行うファクトチェック活動)はこれ、だと思います。

いうまでもなくメディアは、記事を掲載する「前に」事実関係の正確性を期すための「事実確認」を徹底しなければならず、それなりの編集・チェック機能があるわけですが、掲載した「後に」改めて第三者的な視点で検証するという機能はほとんど持ち合わせていません。ただ、一部の新聞社には「紙面審査」という機能があり、毎日新聞にもあります(毎日新聞ご出身の佐々木さんには言わずもがなのことですが)。これは「紙面審査委員会」という部署で、ベテラン記者が他紙と見比べながら自社の報道の問題点をチェックして出稿部に指摘する機能です。他紙に比べて扱いがどうだの、掘り下げが足りないだの、自社の記事に文句をつけるので相当嫌われているようですが、そういう機能を持つというのは大変重要だと思います。

ただ、事実関係の正確性までチェックできているかというと、(毎日新聞の紙面審査リポートも見たことがありますが)そこまでは至っていないようです。これとは別に毎日新聞は「開かれた新聞委員会」という第三者委員会もありますが、ここもファクトチェック的機能は持っていません。

実は、毎日新聞は、通常、社内向けにしか出していない紙面審査の内容の一部をニュースサイトに出していた時期があります(紙面審ダイジェスト)。この試みは非常に良かったと思うのですが、なぜか2年前に掲載打ち止めになっています。ぜひ掲載を再開し、紙面審にファクトチェック的機能も付加して公表するようになれば、非常に素晴らしい取り組みになるのではないでしょうか。(朝日日経のように)訂正記事コーナーも作るべきでしょう。

(追記)IFCNのファクトチェック綱領には、ファクトチェッカー自身に誤りがあれば「明確で誠実な訂正」(open and honest corrections)を行うとの原則が定められています。
「私たちは、自らの訂正方針を公表し、厳格に従います。その方針に従って、読者に訂正記事を明確かつ透明性をもって表示されるように、訂正を行います。」

ただ、繰り返しになりますが、それはそれ、これはこれで、(第三者的な立場で行う)ファクトチェックにも取り組んでもらいたいのです。よく、大手メディアがファクトチェックをやるというと、必ず「他者の言説に対するファクトチェックをする前に、自社の誤報を何とかしろ」「偏りのあるメディアがファクトチェックをする資格があるのか」という揶揄なり、皮肉なりが飛んでくるのですが、そういう言説には乗じてほしくないと思っています。私はおそらく誰より厳しく、大手メディアの誤報を徹底検証してきた人間ですが、そう思っているのです。ファクトチェックに真剣に取り組むようになれば、おのずと自社の記事に対するチェック機能も強化せざるを得なくなるはず。誤報の減少、抑止、可視化、信頼性向上につながるはず。そう期待しています。

第三に、海外では左右の立場関係なく、ジャーナリズムのノウハウ・リソース面で優位な大手メディアがファクトチェックに取り組むことが当たり前になっています。党派性が強いと言われている韓国のメディア業界でも近年、新聞社・通信社・テレビ局・ネットメディアが保守・リベラルの立ち位置に関係なく、同じプラットフォームでファクトチェックに恒常的に取り組むようになりました(10月4日現在、30媒体が参加)。非常に驚くべきことです。

韓国ソウル大学ファクトチェックセンターに加盟しているメディア一覧

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日本でも多様な主体がファクトチェックを担うように、FIJは既存メディアの参入を呼びかけています。毎日新聞の取り組みがそれなりに評価されるようになれば、他社ももっと参加するようになると思います。

そうやって、ファクトチェックの理念を正確に理解する担い手が増えてくれば、事実に基づかない言説で分断・対立を助長する状況を制御し、事実に基づいた言説がより力を持つ社会になるのではないか

それが私の願いです。


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