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ファクトチェック・ジャーナリズムとは何か(上) 従来の報道との違い(2)

ファクトチェックは「真偽検証」

 まず、そもそもファクトチェックとは何か。これを読んでいる方は理解していただいている方が大半だと思うが、改めて説明しておきたい。というのも、いまだにファクトチェックについて理解できない人が少なくないし、読者の中にはファクトチェックの意義を上司や周囲にうまく説明するのが難しいと感じている記者もいるだろうからだ。
 先ほど触れたIFCNのファクトチェック綱領には、ファクトチェックの定義そのものではないが、ヒントとなる記述がある。冒頭のステートメントにこう書かれている。

この綱領は、公的な人物や社会的な組織による言説、その他社会的関心事について広まっている言説の正確性についての記事を、党派性を離れて恒常的に発表している組織のためのものである
(原文)
This code of principles is for organizations that regularly publish non-partisan reports on the accuracy of statements by public figures and prominent institutions and other widely circulated claims related to public interest issues.

 ここから、IFCNが「言説の正確性について記事化する営み」に恒常的に従事していると自任している人々・組織による集まりだとわかる。
 日本のメディアはしばしば「ファクトチェック(事実確認)」と表記しているが、この訳語は理解不足の表れだと思う。私は「(言説の)真偽検証」という訳語を推奨している。残念ながらこれを採用してくれるメディアはまだ少ない。以下のことが理解されれば「事実確認」は紛らわしくて使えなくなるはずだ。

 「事実確認」は伝統的に取材報道の現場で日常的に行っている、当たり前の営みだ。何が信頼できる情報か、複数の情報源にあたったり、他の客観的事実との整合性を確認したりして、事実を見極める。事実確認を経ない報道というのはあり得ないし、それを怠れば誤報・虚報が起きる。「私たちもすでにファクトチェックはやっていますから」と言う方が時々おられるが、そこで念頭にあるのは、こうした記事化前に必ず行っている「事実確認」であろう。
 言説の正確性を検証するファクトチェックも、記事化する前には調査や取材を通じて「事実確認」が必要である(その点は伝統的な報道で培われたノウハウが強みとなる)。ファクトチェッカーも事実確認を怠れば、誤報を出すことになる。伝統的な報道であれ、ファクトチェックであれ、事実確認は不可欠であり、基本的な作業である。

その発言「内容」は本当か

 伝統的な報道とファクトチェックも、事実確認を行っている点では共通している。では、何が違うのか。
 伝統的な報道は「A首相が『P』と言った」「BによるとQである」と発言や証言があったという事実そのものをありのままに記録・伝達し、その意味付けや論評を行うことが多い。その際に、PやQに疑問があれば異なる見方を伝えるという手法もよくとられるが、改めてPやQの真偽を明らかにするための調査、事実確認するかというと、そこまではしないことがほとんどだろう。
 他方、ファクトチェックはAの発言内容(P)やBの伝聞内容(Q)が本当なのかどうか(時に、「A首相が『P』と言った」という報道内容が本当かどうか)を疑い、客観的な事実を調べなおして、言説との食い違いの有無・程度を明らかにして記事化することを目的としている。
 どちらが良いかどうかの話ではない。発言それ自体を記録・伝達することにも意味がある。社会に影響を及ぼす言説を疑い、客観的な事実との整合性を問うことにも意味がある。

 しかし、このような分類(区分)に対しては、反論もあるだろう。たとえば、伝統的報道でも、ある政治家の疑惑が浮上したとき、その弁明をそのまま報じず、嘘ではないかと疑って検証して報じることがある、と。たしかに、そうした報道が、ファクトチェックと明記しなくても、これまでも行われてきたことは否定しない。いわゆるモリ・カケ・サクラをめぐる一連の疑惑報道の中にも、いくつもあっただろう。
 ただ、伝統的な報道の場合は、疑惑・不正の追及を目的とする場合など、いわば目的とニュース価値が明確な場合に限って、言説の真偽検証が行われてきたのではないだろうか。
 一方、ファクトチェックはそのように目的を限定しない。社会に一定の影響を及ぼしている、検証する価値のある言説であれば取り上げ、正確な事実を追求する。仮にある疑惑に関連する言説を取り上げるとしても、疑惑追及という目的からは距離をおき、疑惑の対象であれ、疑惑を追及する側であれ、容赦なく真偽検証を行うことになる(IFCN綱領の第1原則=非党派性と公正性の原則による)。

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情報源の透明性

 もう一つの違いは、その手法だ。ファクトチェックは透明性を重視している。記事の中で検証の対象を特定し、調査のプロセスや証拠、情報源を明示する。そして、複数の見方を併記するのではなく、ファクトチェッカーの責任において一定の事実認定の結論を下し、正確性の評価を理由とともに示す。いわば論証的なスタイルである。ファクトチェッカーがいかにして結論にたどり着いたかを後追いできるように、できるだけ詳細な情報を提供するのだ(IFCN綱領の第2原則=情報源の透明性の原則による)。

 ファクトチェックは厳密な検証によって確認された事実は何であり、言説の誤りがどこにあるのかを可視化しようとする。伝統的なニュース報道とは別の役割があり、日本でも別のジャンル(ファクトチェック報道と名付けてもよい)として確立した方が読者にとってもわかりやすいと思う。その指針となるIFCN綱領については、拙著『ファクトチェックとは何か』でも詳しく紹介し、FIJサイトに原文と翻訳版を載せている。ここでは深入りしないが、今後も折に触れて言及することになる。

(冒頭写真:2017年7月マドリッドで開催されたGlobal Fact 4で)

(初出:Journalsim 2020年3月号)

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