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コロナ禍で3つの狂気的トレーニングをした男〜長田豪史という新風〜

トレイルランニング専門誌『RUN + TRAIL Vol.43』(2020年6月発売号)は、コロナ禍ど真ん中での発売となったこともあり、なかなか大変でした。

まず、取材に行けない(人に直で会えない)ため、打ち合わせも取材も全てZoomで行われ、カマラマンはなし。取材対象者が持っている写真を使うしか方法がないため、ビジュアルのクオリティの担保が難しかったものです。

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そんなvol.43号では、コロナでレースが消えたこの業界の行末を、未来をどう捉えていくのか?と大きなテーマのもと、コロナ禍だからできることも探った1冊となった。

今日はその中から、長田豪史くんのクレイジーなチャレンジを加筆修正を加えてお届けします。

 このコロナ禍で海を渡った男がいる。東京都在住の25歳のクレイジーなトレーニングが、SNSを通じてアジア圏はもちろん、中東やスペインなど欧州にも瞬く間に波及。いわゆるバズった。

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 ツイッターアカウントのフォロワーは激増し、各種メディアにも取り上げられた。私のYouTubeチャンネル『Trail BAKA』でも取り上げると、それを見ていた毎日新聞社から取材依頼が届き、まだ多目的トイレ事件を起こす前のアンジャッシュ渡部がMCを務める『J-WAVE GOLD RUSH』に出演まで果たした。

 そんな長田豪史の話を紹介しよう。


最初のブレイク『階段エベレスト』

「自宅アパートは3階建で、共用階段の累積標高が7.5メートルでした。計算上、1180往復すれば8848メートル超えを達成できることがわかったので、やるか!って(笑)」

 開口一番、何を言い出すんだと思ったが、非常事態宣言中に行った数々のクレイジーな挑戦の概要を話し始めた。

 彼は非常事態宣言は出されたおよそ10日後、同じアパートで親しくしている親子3人家族の応援の力も借りながら、21時間ぶっ通しで階段をひたすら走り続けたのだ。

 トレイル界で階段トレーニングは珍しくない。

 黎明期のころ、近場に山がない都市部のトレイルランナーにとって、近所の神社やマンションの階段トレーニングは半ば常識でもあった。

「僕自身、特別なことをした気持ちはないんですけど、SNSの反応がヤバかったです。タイミングもあったと思います」

 UTMFで2位の実績を持つライアン・サンデスが南アフリカの自宅を周回して100マイル(160km)を走ったのが4月16日。ダイニングルームで栄養補給とウェアの着替えを行いながら26時間27分で完走した。

 ザック・ビター(米国)がアリゾナ州フェニックスの自宅のトレッドミルで100マイル世界最速記録12時間9分15秒を樹立したのが5月16日。長田の『階段エベレスト』は4月19日だった。

『階段エベレスト』がツイッターでブレイクしたきっかけの一つが衆議院議員の細野豪志さんのリツィートだ。

「自宅の階段で疑似登山をしている猛者(私と名前が酷似)を発見。運動不足で増量したので、私も富士山目指してやってみようかな」(原文ママ)

と打たれたツィートは一気に拡散。ふたりは相互フォローをし合う。

 実はこの件で、細野豪志事務所に連絡を取り、取材依頼を出していた。ただ国会会期中ということもあり、取材は叶わなかったが、こちらの想像の域は出ないが、政治家としてではなく、同じ時代を生きる一人の人間・細野豪志として、25歳の若者の挑戦に心を揺さぶられたのではないだろうか。

 長田のチャレンジに触発された細野さんは6日後、#おうちで富士登山 を敢行し、「達成感が半端ない」と6時間で登頂を果たした。


1周15mのぐるぐる100マイル

「『階段エベレスト』のときから構想がありました」と話す次のチャレンジがひときわ狂っていた。

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 自宅近くの河川敷の雑木林で1本の木の周りをぐるぐるしながら100マイルを走破するというのだ。

「手計測してみると1周は15m。高低差が1mだったので、10,667周すると100マイルで、獲得標高は10,667mになります。途中4時間半ほどの仮眠を挟んで、54時間40分で完走しました」

 自分だけの神木を見つけた!と興奮気味に話した長田だが、なぜ、こんなクレイジーなチャレンジを思いついたのだろうか?

「度肝を抜かせてやろう!とか野心的な気持ちが始めからあったわけではありません。ただ、『階段エベレスト』がバズったことでこの先は中途半端なことができないなって、もっと過酷な環境で、もっと狂気的なトレーニングをしたいと思う自分がいたのも事実です」

 同時期に大人気漫画となった『鬼滅の刃』に見立てた“狂気柱”と化した長田だが、1本の木の周りをぐるぐるすることは飽きなかったのだろうか?

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「確かに、右回りと左回りを行うだけの単純動作の繰り返しではありましたけど、不思議と飽きなかったんですよ。逆に、旅をしているような感覚があって、心が折れることもなかったです」

 旅? 1周15mのぐるぐる100マイルが旅とは?

「朝日が昇り、気温が上がる。夕暮れを迎え、静寂な夜になる。雨が降ったときもありました。光も気温も風の流れも刻々と変化する中で走っていると時間とともに別の景色に見えてきて、同じ場所にいる気がしなかった」


長田豪史はただのアホなのか? 

 3つ目の狂気的トレーニングは5月2日。再び自宅アパートの共用階段を使った『富士山3回登頂24時間以内』だ。

「富士山3回分とは標高1万メートル以上ですが、累積を稼ぐことよりも24時間以内にこだわりました。『階段エベレスト』よりもペース上げることで、自分にさらなる負荷を与えたかったんです」

 序盤から果敢に攻め、エベレスト時のペースを大幅に上回った結果、20時間半で完走する。距離にして約80㎞。「1段抜かしで1000本までダッシュしたら潰れかけた」と笑って振り返るが、こうしてコロナ禍において3つの狂気的トレーニングを成し遂げた。


 出口の見えない社会情勢の中で行った25歳のチャレンジは、大きな反響を呼んだ。しかし彼は、自分のフィジカルモンスターぷりを見せつけたかった“筋肉脳”なのではない。

 ウルトラトレイルの世界でナンバーワンになることを目標におく長田は、100マイルやそれ以上のレースで勝つために、しかも緊急事態宣言下の中でどんなトレーニングができるのかを見つめ続けた成果だった。

「クレイジー!とか言われると素直に嬉しいです。自分の実力を何段階も引き上げるためには普通ではないトレーニングをしなければと思っていました。でも、僕は健康運動指導士の資格を持っていて、勝つためのトレーニングとして科学的なアプローチを意識しているんです。クレイジーなだけではないんです(笑)」

 STAYHOME期間の3つのクレイジーなトレーニングによって長田は新しい風を巻き起こしただけでなく、自身にも追い風を吹かせた。トレイルランクラブを立ち上げたのだ。

 そして、『ぐるぐる』をレースに仕立て、25名ほどの小規模ながらこれまで2回ほど開催するまでになっている。トレイルポールの講習会など活動の幅をどんどん広げていた。


混沌の時代は新しい風が変える

 「よそ者・若者・馬鹿者」が社会を変えると昔からよく言われている。しがらみがなく、エネルギーに満ち溢れ、思い切った行動力が淀んだ空気に変化を起こす格言のような言葉だ。

 コロナ禍は、人々に大きな戸惑いと大幅な価値観の修正を余儀なくさせた。先が見えない不安を抱え、世界を巻き込んだ新型ウィルスにより、この2020年は振り回されている。

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 Zoomやリモートワークに慣れない旧体質の人がいた一方で、軽やかに新しいテクノロジーを取り入れ、遊んでしまう逞しさを備えているように、こうして社会が混沌とするとき、若い人が突破口になる。いや、なってもらいたいと願う。

 長田くんに言った言葉を残しておきたい。「もっと突き抜けろ!」

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