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台湾で最もキツいレースに出たら、日台の歴史を知る旅になった

トレイルランニング 専門誌『RUN + TRAIL Vol.37』(2019年6月発売号)の特集は「ロングトレイルは最高の遊び場」。滋賀一周、会津-那須越県、信越五岳、阿蘇ラウンドトレイル、群馬県境、広島湾岸、福井里山などを紹介していました。

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でも、個人的に好きな特集が「山の危険生物 対策&対処法」。ツキノワグマ/スズメバチ/マダニ/毒ヘビ/ヤマビルを持ち出して、その世界の専門家にガチで聞いた話は、YouTubeのコンテンツにしても良いくらいだと思っておりまた。

そんな『RUN + TRAIL Vol.37』で書いた【台湾で最もキツいレースUTMG参戦記〜食い道楽なウルトラトレイル】を加筆修正して再掲します。


新たな温泉リゾート地「谷關(グーグァン)」

 台北駅から地下鉄でおよそ30分。台湾で最も美しい図書館と言われる『台北市立図書館北投分館』がある北投(ベイトウ)地区は、日本統治時代の1896年、大阪商人・平田源吾により初めて温泉旅館をスタートさせた地で、一大温泉街として発展していく。

 台湾は、日本と同じく環太平洋火山帯に属し、温泉が豊富だが、この北投は台湾全土に温泉文化を拡げた発火点として知られる。

 今回の台湾トレイルトリップの地・谷關(グーグァン) で温泉が発見されたのは、平田源吾のスタートアップから11年後の1907年のことだ。

 あの星野リゾートが2019年6月30日に「星のやグーグァン」を開業するほどでもあるこの温泉地は、3000m級の山々が連なる中央山岳地帯の西の麓、台中郊外にある。

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 台北から台湾高速鉄道で台中まで行き、そこからローカルバスに揺られること2時間で着く。

 GWの頭とかぶる旅程だったが、LCCを探すと往復4万円ほどで見つけることができた。新幹線で東京〜大阪間往復3万円かかることを考えれば、3時 間半で行ける台湾はお得だ。


自分史上最悪の失敗レース

「台湾でもっともキツいレースだよ!」
「このレースの完走は、台湾ランナーの誇りです」

 先号のアジア特集で担当した台湾パートで「台湾ランナーがオススメする5レース」という特集をした。その中のひとつが「UTMG(ウルトラトレイ ル・マウント・グーグァン)」 だった。

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 各カテゴリー30人前後の参加者数ということもあり、運営はコンパクトで目が行き届く。日本屈指のキツいレース『上州武尊スカイビュートレイル』が子供に感じられるほどの超タフなレースだが、 レース前後も和気あいあいとした雰囲気とフレンドリーな台湾ランナーに囲まれ、アウェー感は薄い。 

 最長距離106kmのG8の参加者は33名。完走者は9名。81kmのG7の参加者は28名で、完走者はたったの7名。このふたつのカテゴリーで『誇り』を手にしたのは26.2%という難攻不落ぶりだ。

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 なぜ、完走困難なレースなのか?

10,000mを超す累積標高
  決して台湾ランナーのレベルが低いわけでない。スタート&ゴールの標高はおよそ700m。最高標高がおよそ2,300mあり、G8に限ると、900mアップが2回、1,000mアップが2回、1,600mアップが2回あり、それぞれハセツネのようなアップダウンが連続する。106kmの累積標高は10,000mを軽く超す。このエゲツない累積標高がこのレースの最大の特徴だ。

猛烈な暑さ 
 標高1,700m地点でさえもセミの大群の声が5.1chのサラウンド状態で聞こえ、加えて30℃を超す湿気を帯びた熱が容赦無く襲いかかる。

 同日行なわれていた日本最大級のウルトラトレイルレース「UTMF」が、雪のため途中で打ち切られたのは記憶に新しい通りで、雪の日本と猛暑の台湾という地域差、その気候への適応が海外レースではモノを言う。

レーススタート直後からトラブル発生
 私は、スタート直後からの1,000mアップ中に熱中症とハンガーノックに襲われ、最初のエイド(17.6km)にたどり着くのに6時間も要しただけでなく、結局3度も嘔吐した。

 この時点でフラフラだった。まだ90km近く残っている現実に打ちのめされ、DNFをほぼ決め込み、トボトボと平坦なロードを歩きはじめた。

「やっちゃったなぁ」
「自分でレースを難しくしてしまった...」

 人生2度目の台湾トレイルトリップはレースの核心に触れることなく、なにもかもが自分史上最悪の失敗レースとなってしまった。


自分史上最高の川渡り

 30kmほどでリタイアを申し出た私に、迎えに来たオーガナイザーのビルが心配そうに話しかけた。

「どうしたんだ?」
「暑さで3度吐いたよ。これ以上は君に迷惑をかける」

 もちろん脚はまだ残っていた。でも、胃腸がこんな状態では先に進めない。ゴールまで車で送ってくれると言ったビルにひとつだけワガママを言った。

「川渡りだけ、やらせてくれないか?その体力はまだ残っているから」

 焦熱とアップダウン地獄のUTMGの中で唯一の天国が3kmの河原ラン。〝ストーンタワー〞を目印にゴツゴツした河原を進み、冷んやりした川を何度も横切るこのセクションだけは、と無理を許してくれた。

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 正直、最高だった。

 火照りきった身体がみるみるうちに回復し、レースに復帰する気力さえ蘇ってくる。あまりに長い登りと飽きてくる下りに辟易していたさっきまでの自分はどこ吹く風だ。

 川渡りが終わる場所にビルが車を停めて待っていたくれた。私の様子を心配して、川と並走する道路から見ていたのだろう。優しいヤツだ。

 「さあ、帰ろう!」 とビルに促され、助手席に乗った。私のUTMGはこうして幕を閉じたのだった。


食い道楽なエイド

 取材も兼ねていたこともあり、DNFして少し休んでから関係者の車で逆走する形でエイドに向かったのだが、日本のエイドステーションとは様子が違った。

 とにかく、次から次へと台湾料理が出てくるではないか。

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 左上のおじさんは、普段はIT関連のサラリーマン。"大会随一の腕"とスタッフから絶大なる人気で、別のエイドスタッフがわざわざ食べにくるほどだった。

 右下のおじさんは、普段はタイル職人。「仲間が運営すると聞いて、僕で出来ることは料理くらいかなと、お手伝いしているんだ」と人懐っこい顔を見せる。

 中華系の参加者は「食」にうるさいらしく、エイドがやたら豪華になる。と聞いたことはあったが、そしてこれらの台湾料理がどれも美味い!


台湾レース「三種の神器」

■マイカップ
そんなエイドであることもあり、マイカップ選びを間違ってはいけない。底の深いコップ型よりも蛇腹型の幅広のものが便利で主流。各自マイフォークも持参するのが台湾流だ。

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■地図アプリ「ジオグラフィカ」
台湾レースでは、主催者からGPXあるいはKMLデータが事前に公開されるのが通例であり、装備チェックの際、スマホにデータを入れた地図アプリの有無をチェックされる。圏外あるいは機内モードでもGPSが動作する地図アプリは必携品と言え、右も左もわからない海外レースでは大変重宝するツール。

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■リカバリーサンダル
レース前後、クロックスのような軽い合成樹脂の一体成型サンダルをよく見かける。これは台湾ランナー必需品と教えてくれた。店の軒先のワゴンで積まれていたり、現地では数百円程度で買えるコスパ最高なサンダル。軽くてフィット感があり、リカバリーがてらゆっくり走ることもできる。個人的に『台湾のギョサン』とか『台湾サンダル』と呼んでいる。

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台北観光〜日台の歴史

 レース後、すっかり回復して台北に戻った私は、温泉とトレイル(そしてビール!)という鉄板のトレイルトリップを味わいに北投に向かった。 

 目指すは、市内を見下ろせる里山トレイルと、グーグァンで温泉が発見された同じ年に開業した『瀧の湯』だ。水着着用の混浴が基本の台湾で、男女別のスッポンポンで入れる温泉は日本由来に限られてしまう。

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 北投の裏山あたりの標高100mほどのトレイルを快適に走っていると、日本語が彫られた石碑を見つけた。

 1945年ポツダム宣言受諾後、敗戦を迎えても台湾在留の日本人のなかで本国へ引き揚げを希望する者はわずかしかいなかったという。

 これは、台湾の治安がはるかに良かったからであり、台湾人から危害を加えられるようなことがなかったという記述が残っている。実際に引き揚げが始まったのは敗戦からじつに半年後のことだった。

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 この引き揚げの際に在留日本人が『台湾よ永に幸なれ(慎)』と掘ったとされるのが、 この石だ。発見されたのはわずか20年ほど前。発見当時、日台友好のシンボルとして大きな話題になったという。

台湾で最も美しい図書館
 北投に行くことがあれば、ぜひ立ち寄って欲しいのが『台北市立図書館北投分館』。台湾で最も美しい図書館と言われ、周辺には緑が豊で、近くを流れる川に沿った地上3階建ての木造建築の外観は、日本人なら気に入るはず。台湾で最も美しい図書館と言われ、周辺には緑が豊で、近くを流れる川に沿った地上3階建ての木造建築の外観は、日本人なら気に入るはず。

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 市立図書館ということもあり、入場は自由。もちろん、無料。日本の雑誌コーナーもあるので、落ち着いた温もりある空間で静かな時間を過ごすのも良い。

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 裏山はトレイルがあり、美しい図書館がある北投の締め括りは『瀧の湯』だ。戦後『瀧乃湯』は、中華民国政府に接収され、国有財産局によって競売にかけられた。落札したのは台湾人の林添漢氏。

 彼の尽力とその後の子孫の経営により増改築が行われたが、昔の面影残すレトロな雰囲気の『瀧乃湯』は100年以上も北投で営業を続けている。


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