ショートショート 「スーパーコーディネーター」
昔、といってもそんなに遠くない昔、海運会社を設立したばかりの男がいた。
これからどうやって会社の実績を上げ、さらには売り上げを伸ばして行こうかと考えていたその男は、ある日、思い立って山口県のとある会社の門をくぐった。
その会社が掲げる看板には「化粧水の売上げ日本一!当社の『スーパー化粧水』を使えば乳液要らず!これ一本でスキンケアは完璧!」とあった。
受付で用向きを伝えた男は、運良く社長に会うことができた。
「飛び込み営業の方とはあまりお会いしないのですが、県外の遠くからわざわざ足を運ばれたとのことだったので。で、我が社に良いお話があるとか。しかし、お名刺を拝見したところ御社はこの業界とは関係のない・・・」
「はい、長崎で小さな海運会社をしております亀山と申します。これまで化粧品業界とは何の関係もございません。ですが、私が、御社の『スーパー化粧水』の売上げを倍増して差し上げましょう」
「ほう、それは、それは。大変興味深いことで。我が社の看板商品で化粧水部門で売上げ日本一を誇っておりますけれども、日本一のシェアとなった今では売上げの伸びしろはもうあまりないと、我が社では現状維持が精一杯という感じでして。社長の私としてはもちろん売上げ増を願っておりますが、それにしても倍増とはこれまた大きく出ましたな」
「秘策中の秘策があります。今度、京都で日本最大の化粧品見本市がありますよね。その時、京都でお会いできましたら、その秘策をお教えしたいと思っております」
「結構焦らしますな。成功報酬もそれなりのものという訳ですか、どのくらいをお望みで。しかし、その秘策とやらが箸にも棒にもかからないものだった場合のお覚悟はよろしいかな。我が社の関連会社はもちろん取引会社の全てを通じて化粧品業界全体に御社がデタラメであることをお知らせしますぞ。そうなると、この業界では二度と仕事ができなくなってしまう」
「ええ、それで結構です。成功報酬も頂きません。その代わり今後もし売上げが伸びて、この先海外へ輸出するなどとなりましたら、その時は必ず我が社を利用して頂くということをお約束頂きたいと思います。日本の、特に御社の化粧水の品質は海外でも必ず認められると私は信じておりますので」
「面白い、報酬は要らないと。そして、本業とは違うこの業界の世界展開の可能性に目を向けておられるとは。見本市は大変大事な行事で、どこの化粧品会社も社長が来ないなんてあり得ない。私ももちろん行きますよ。倍増なんてとても信じられないが、お若い方の秘策とやらをお聞きしても損はないでしょうし。よろしい、京都での私の宿泊先を後で秘書からお教えさせましょう」
見本市の期間中、亀山は化粧水メーカーの社長に連絡を取り、見本市の最終日の夜、社長が宿泊しているホテルの部屋を訪問することを伝えた。
化粧水メーカーの社長はまだ半信半疑だったが、亀山という男はどこか人を惹きつける魅力があることから正直また会ってみたいと思っていた。
見本市最終日の夜、亀山は約束どおり社長の部屋を訪れた。
しかし、招かざる客を連れて来た亀山に、社長は驚きを通り越して怒り心頭に達した。
亀山がこの業界のことをあまり知らないということを差し引いても、これは許すことが出来なかった。
「おい、亀山君、ふざけているのか。その人を追い返さないと君の話など聞かんぞ。失礼にも程がある」
亀山が連れて来たのは、鹿児島県にある「化粧水にさようなら!これ一本でスキンケア完了!」を謳い文句に乳液売上げ日本一を誇る「スーパー乳液」の製造会社の社長であった。
実は、この両社、互いにネガティブキャンペーンを激しく繰り広げてきた犬猿の仲なのである。
毎年開催される見本市では、主催者が両社のブース間の距離が一番遠くになるよう必ず対角線上に配置するといった気の使いようである。
今回の見本市でも両社の社員が会場で擦れ違う時には、挨拶することはなくても睨み合うことは度々あるといった始末であった。
「まあ、そんなに頭ごなしに怒らなくてもいいじゃないですか。まずは、この亀山君の話を聞いてみてくださいよ。我が社はなかなか良い話だと思っているんですがね」
化粧水会社の社長は自分一人だけが怒っているのも何だか大人げないと考え、宿敵である乳液メーカーの社長を渋々ながら部屋に迎え入れて亀山が言うところの秘策の話を聞いた。
亀山は、化粧水売上げ日本一の製品と乳液売上げ日本一の製品をコラボ商品として売り出す戦略を熱く語った。
これまでアンタッチャブルとなっていた相手の顧客を開拓出来るというそのアイデアに、始めは仏頂面だった化粧水メーカーの社長もどんどん引き込まれていった。
そうして「完璧な化粧水と完璧な乳液の出逢いがあなたに完全無欠の美を。完璧✕完璧=無限大!」としてコラボ商品を売り出すこと、順調に売り上げが伸びた暁には海外にも展開すること、そしてその際には亀山の海運会社を必ず利用することがその場で合意された。
ここに、化粧水・乳液同盟が結ばれたのである。
亀山は、この大仕事を成し遂げると長崎に悠々と帰っていった。
その後、亀山の策略どおり、また両社長の思惑どおりにコラボ商品の売上げは伸びて海外展開もなされた。
こうして、同盟を結んだ化粧水メーカーと乳液メーカー、そして亀山の開運会社は世界的規模の企業としてどんどん大きくなっていったとさ。
了