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影を見る

10月7日から平日の十日間、区民ギャラリーに作品を展示してもらえることとなった。
今年に入ってから、ずっと、版画作品の制作に打ち込んできた。
そろそろどこかで展示する機会が欲しかったので、当選の知らせはまさに僥倖であった。
当選の手紙が届いた日、ちょうどF20のキャンバスを購入したばかりであった。
なので、版画作品14点と、F20の自画像を、一つの物語の章としてまとめ、展示することした。
会社を辞めることを決意したばかりであったので、まぁそういう節目なんだろう。十日間ほどかけて、自画像もなんとなく仕上がってきたので、ここで一度、今回展示する作品について、制作したときの気持ちなどを振り返ってみることにした。

影-最初の版画作品

最初の版画作品。
「影」をテーマとして、しばらく制作してみることにした。
この時は「俺は、ペニスの影に過ぎないのではないか?」という問いが頭を離れなかった。
恋人といても、仕事をしていても、常に「性欲の充足」がちらつく。
いくら目を逸らしても、視界には必ず、巨大な塔が見切れている。
恋人との今後を本気で考えようと思っても、彼女の顔が見えない。
そのことでイラつき、自分を責めていたように思う。
そして「ただの影が、身体を手に入れて、自立する」というストーリーを描きたいと考えた。
ちょうどキックボクシングを始めた頃でもあった。
「心身ともに強くなるためにどうしたらいいのか」
ひいては「幸せになるためにはどうしたらいいのか」
ということを現実的に考えて行動し始めた頃なのだと思う。

空洞、透明

これが結果的には、2つ目の版画作品となった。
版画を始めたばかりだったから、以前スケッチブックに書いた落書きを「試しに・・・」と思って彫ってみたのだけど、思いの外いい出来。
空洞と透明。
男女が抱える虚無感の性質の差異を表したいと思った。
男女とも虚無を抱えている、それだから求め合うし、思い合うんだけど、どこかすれ違ったり、
同じものの話をするようで、違うものの話をしている。
男女に限った話でもないけれど、そういった他者の謎をどういうふうに受け止めるか。
そもそも、私は今までその謎にちゃんと向き合ったことがあるのか?

塔に対する一つのアプローチ。
影と塔が融合するイメージ?
また、そのプロセスとして、他者の視線にさらされること。
改めてみてもよくわからないんだけど、変化しようとする意思は感じられる。

空洞、透明

空洞と透明の別パターン。
自分自身がこういったつながりの末端に、接続してもらっているような感覚。
またそれによって、どうにか「存在の希薄さ」みたいなものを中和している。
そんなふうに、自分の現在位置を、見つめていくしかなかった。
それはかなりしんどい作業なんだけど、「それじゃあどうしたい?どうするか?」と考えるように意識は変わってきたように思う。

これは個人的には、グッとなんか掴んだ感じがしたな。
通称「ニボシ君」(走っている奴)がはっきりと形になった作品。一番最初の作品にもニボシ君はいるけど、その時はもっと曖昧な感じだった。
この頃は、自分自身で納得できるように変わろうと思うのに、他者の評価ばっか気にして、いつも疲れていた気がする。
自立しようと思うのに、結局穴蔵に逃げ込んでしまう。

家=生活あるいは習慣を自分自身の手で作り出さなければならないと考えた。
会社員としてとか、恋人の恋人としてではなく、私としての私の存在を信じられるように、私がただただ私であるスペースが必要だと感じた。
この時期は、極力人に会わず、ずっと家で制作に打ち込んでいた。
寂しかったのか、この後しばらく一人で飲む酒の量が増えた。

これは、白状すると、昔の恋人に対する未練をどうにかしようと描いたものだ。
未練、というか「あの時どんなやり方があっただろう」「こうしたらよかったんじゃないか」みたいな心残りをフィクションで消化するというか、つまり結局は未練なんだな。
いわゆる「過去の虚構化」をやらなければなぁとずっと思っていた。
ただ、昔の恋人は、一つのモデルであって、女性全般についての謎を象徴していた(させていた)に過ぎないと、今ならそう思う。
その謎について、向き合い方がわからなくて、今の恋人とも「きっと上手くいかない」という不安を抱えていたように思う。

さっきの続き。
まぁ非常にごちゃごちゃした作品になった。
すっごい色々考えてみたけどよくわからなかった。
一旦バラバラにされて、流れに飲み込まれてみて、みたいな感じ。
今振り返ってみると、この作品のごちゃごちゃした感じは、これはこれでいいかと思える。

この作品は、なんだか不完全燃焼。
なんか無理矢理なんだもんなこの頃は。
これまで描いてきた作品から、何かしら結末とか結論を導こうと焦っていた気がする。
そういった焦りが作品にも出ている。

小さい作品になった。これまでは全部B4サイズだったんだけど、その半分くらい?
あんまり難しい構図にしようとして上手くいかないから、シンプルに小さくして、とりあえず彫ってみた。
できることをやってみる。多分それがよかった。

ここで、塔がまた出てくる。
これは、版画をやり始める前に描いた落書きを、そのまま彫ってみた。
これも一旦、できそうなことからやってみようという考えで、結果かなり楽しかった。
それまでは結論ばかりを焦ってたから、そりゃ辛かっただろうにと思い返す。

ルンバ

この頃、急にルンバに心を奪われる。
何度も「電気屋にルンバに観にいこう」というので彼女に呆れられる。
頭の中をルンバが掃除してくれた感じがする。
なんだかわかりやすい「解決」「結末」を提示しなければと思って、ずっと焦ってきたのだと思う。
それも、他者に関して感じる謎についてだ。
他者に関して、謎だ謎だと騒いで、「解決しなきゃ!」とか焦って空回って、それで苦しんできたのだ。
「解決して差し上げよう」みたいな考えは、ただのありがた迷惑だ。
そんなの自分の存在の不安から来る、押し売りでしかない。
(この文章を書きながら、最近もまた焦っていたことに気付く。無職になる不安と向き合わなければならない。)

他者の謎を謎のままで受け入れること。
それはつまりありのままの姿を受け入れること。
それが今まで探してきたことなんだろう。

これが、今回の一連の版画作品の最後となる作品。
これも、昔に描いた落書きをアレンジして彫ってみたものだけど、かなり気に入っている。
変、変化、変態、変様。
自分のあり様が変化するのは、大変怖い。
今までの規範を抜け出すのだから、「変だ」という違和感もつきまとう。
「変」は怖い。
しかし、「やりたいことやりたい」とか「幸せになりたい」という気持ちが自分自身を変化させていく。
今まさにその最中なんだなと思う。
そして、いくら変化しようとも、私が私であるということは、絶対に揺るがないとも思う。
だからこそ、変わっていけるのだろう。

自画像

最後の自画像はまだ制作途中。あと2ヶ月くらいかけて、ゆっくり完成させていきたい。

なんとなくで書き始めてみたが、かなりスッキリした。
言語化することで、曖昧だった部分がはっきりしたし、今後の課題や今焦っていることもかなり客観的に把握することができた。

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