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同性婚の実現を願っていたら、「差別主義者」だと断定された件。

こんなに悲しいことがあるだろうか。

私は身体障害者として生まれ育った。いわゆるマイノリティと呼ばれる存在だ。そうした境遇もあってか、他のマイノリティに対しても差別が存在していると感じた場合には、そこに怒りにも似た感情を抱くことが多い。

特に友人にも多くいるLGBTQに関しては、10年以上かけて少しずつ学びを重ねてきたつもりだし、毎年のように「TOKYO RAINBOW PRIDE」にも参加してきた。昨年には、トランスジェンダーの苦悩や葛藤を描いた『ヒゲとナプキン』という小説も上梓した。

もちろん、どれだけ差別に敏感な人間であっても、一度も差別の加害者になったことがない人などいないと思っている。私たちは社会で他者とつながりを持って生きている以上、どこかで加害者になってしまう可能性があることは十分に自覚しておかなければならない。それは、当然だが私自身も含めてのことだ。

とはいえ、「あなたのその態度は差別である」と指摘されたときに、「ああ、その通りかもしれないな」と真摯に反省させられることもあれば、「いやいや、待ってくれ。それはないだろう」と反論したくなるときがある。後者で顕著なのは、相手が自説の正しさを強調するために、こちらに無理筋とも言えるレッテル貼りをしようとしているときだ。

今回が、まさにそうだった。事の発端は、先日の同性婚訴訟に対する札幌地方裁判所が出した判決だった。

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