見出し画像

思い出深いはじめての訳書『サラの旅路』

『サラの旅路 ヴィクトリア時代を生きたアフリカの王女』
 ウォルター・ディーン・マイヤーズ 著
 宮坂宏美 訳
 小峰書店
 2000年11月

これは私のはじめての訳書です。1999年に小峰書店さんに原書を持ち込み、出版に至りました。

思い出がたくさんあるので、目次をつけて、それぞれの項目ごとに語っていきたいと思います。

原書

原書の『At Her Majesty’s Request』は、アメリカの書評誌「The Horn Book Magazine」で見つけました。黒人の若き王女の生涯を描いたノンフィクションで、西アフリカで殺されそうになっていたところを英国軍人に救われ、ヴィクトリア女王の保護を受けることになったというあらすじに興味をひかれて、原書を取り寄せることにしました。

当時はAmazonジャパンがなかったので、アメリカのAmazonから送ってもらいました。読んでみると、著者のマイヤーズが黒人の王女サラの手紙をイギリスの古書店で見つけたこと、それをきっかけに、さまざまな資料を調べ、サラの波乱に満ちた人生を一冊の本にまとめたことがわかりました。

画像5

本の見返しにはサラの手紙の実物がプリントされていました。ヴィクトリア時代のイギリスでは、便箋の重さを軽くして郵便料金を節約するために、このようにいったん最後の行まで文章を書いたあと、紙を90度まわして、行が十字に交差するように続きを書いていたそうです。

画像1

著者のマイヤーズは日本ではあまり知られていませんが、アメリカではとても有名なベテラン作家です。『At Her Majesty’s Request』は、サラの数奇な運命をたどれるだけでなく、古書店で偶然見つけた手紙から、歴史に埋もれていた人物を掘り起こすというおもしろさや、当時盛んに奴隷貿易をおこなっていたダホメー王国の恐ろしさ、ヴィクトリア時代の白人たちの差別意識なども感じとれる、とても興味深い作品でした。

持ち込み

当時、私は小峰書店でリーディング(原書のあらすじや感想をまとめる仕事)をさせてもらっていました。

リーディングをするようになったのは、『翻訳の世界』という雑誌がきっかけです。この雑誌に、出版社が3か月交代で読者に課題を出すというコーナーがあったのですが、小峰書店が担当だったときに応募して、リーディングの課題で高評価をいただきました。

思い切って小峰書店に手紙を書いて売り込みしたところ、ありがたいことにリーディングの仕事をいただけるようになりました。このあたりのことは、やまねこ翻訳クラブでの対談の中で詳しく語っていますので、よろしければ以下のサイトどうぞ(10年近く前の対談なので、情報が古い部分もありますが)。

『At Her Majesty’s Request』のレジュメを書いて小峰書店に持参すると、編集者さんが気に入ってくださり、わりとすぐに出版が決まりました。ただ、金原瑞人先生が同じ作者の『自由をわれらに アミスタッド号事件』という本をすでに小峰書店で訳されていたので、まずは金原先生にお伺いを立てるということになりました。

金原先生は私の師匠ですが、『At Her Majesty’s Request』を持ち込んだときはまだ翻訳を教わっていませんでした。私は、とにかくお返事を待つしかありませんでした。

しばらくたって、翻訳をお願いしますと編集者さんから連絡がありました。金原先生が「持ち込んだ方へどうぞ」と言ってくださったようです(太っ腹!)。こうして、私ははじめての訳書を出せることになりました。

翻訳

『At Her Majesty’s Request』には、実は『Damomey and the Dahomans』という古い本が深くかかわっています。

というのも、『Damomey and the Dahomans』を書いた英国軍人のフォーブスこそが、ダホメーの隣国の王女、サラの命を救った人物であり、自著の中でも実際にサラについてふれていたからです。

翻訳を進めるうち、マイヤーズがこの『Damomey and the Dahomans』をかなり参考にしていることがわかったので、私も同書をイギリスから取り寄せることにしました。

画像5

画像3

画像5

2巻あわせて79ポンド。た、高い……。

さっきネットを調べたら、著作権が切れたのか、『Damomey and the Dahomans』の中身をすべて画像で公開しているサイトがありました。便利な世の中になったなあ。

私はこの参考資料も読みつつ、せっせと翻訳に取り組みました。一章訳すごとに翻訳の先輩である夫にチェックしてもらい、思い切りダメ出しをくらいました。夫婦なので遠慮がなく、ボロクソに言われて大泣きした記憶があります……。

全訳ができて、編集者さんに提出し、しばらくしてから打ち合わせをすることになりました。そのときも、編集者さんに修正点をたくさん指摘されました。午後2時頃に出版社にお邪魔して、終わったのが夜11時頃だったような……。

やまねこ翻訳クラブの仲間にもずいぶん相談にのってもらいました。訳者あとがきでも謝辞を述べていますが、あのときお世話になったみなさんに、あらためて感謝します!

出版

おかげさまで訳文が完成し、2000年11月に出版となりました。翻訳の勉強は1992年からしていたので、勉強をはじめてから8年で最初の訳書が出たことになります。

このときはやはりとてもうれしかったです。自分でも『サラの旅路』をたくさん買って、親兄弟や母校や友人に配りました。親も、地元の書店で「うちの娘が訳した本なんですけど」とか言って何冊も注文したらしいです。ははは。

久々に『サラの旅路』をざっと読み返してみましたが、やはりおもしろいし、当時の絵などの資料も豊富で、よくできている本だなと思いました。自画自賛。

何度か重版にもなりましたが、残念ながら現在は絶版です。もしこれから読みたいという方がいらっしゃいましら、ぜひ図書館でどうぞ。

そういえば、はじめて「重版」というものを経験したとき、新しい訳書(2刷)が送られてくることを知らず、「なぜ今ごろ『サラの旅路』が私に送られてきたのでしょうか?」と編集者さんにメールで質問してしまいました。

あの頃の自分、ほんとになにも知らなかったなあと思います。(まあ、今も知らないことだらけですが……)

『サラの旅路』は、出版翻訳という仕事の楽しさや厳しさ、責任の重さを私に教えてくれました。と同時に、翻訳者としてのその後の道も開いてくれました。私にとって、思い出深い、とても大切な一冊です。

・-・-・-・-・-・-・-・-・

追記:
そういえば、訳者あとがきに「ディズニー映画でも有名になったアナスタシア」と書いた部分があるのですが、『サラの旅路』が出てしばらくたったころ、このアニメ映画『アナスタシア』はディズニーではなく20世紀フォックスだと、とある翻訳家の先輩が指摘してくださいました。先輩、ありがとうございます。読者のみなさま、すみません。

そして、先ほどネットを調べたら、なんとこの『アナスタシア』が2020年からディズニー+で配信されていることがわかりました。びっくり……。