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『永遠なるおしまいの夜にかぎって』をちゃんと観たい夜にかぎって

 横浜ネイキッドロフトで『永遠なるおしまいの夜にかぎって』というイベントを観て来た。 

出演者は、姫乃たまさん(著書『永遠なるものたち』等)、こだまさん(著書『おしまいの地』シリーズ等)、爪切男さん(著書『死にたい夜にかぎって』等)という三人。
爪さんは、こだまさんが文学フリマで注目されるきっかけとなった『なし水』という同人誌を一緒に出した古くからの仲間だ。

 横浜駅を降りるのは久しぶりだった。 自分は以前、横浜市民だったことがある。
とはいっても、住んでいたところは「横浜」と聞いてイメージするような場所からは程遠い落ち着いた住宅地だったし、住み始めてからも職場は川崎、休日にプライベートで用があるのは主に東京都内だったので、横浜駅周辺で自分が行ったことがある場所は限られている。
 会場のネイキッドロフトは今まで行ったことはなかったが、その周辺にはたまたまその限られた土地勘があった。 何かと入用のときにお世話になったディスクユニオンがある方面だったのだ。

思ってたよりあっけなく会場のあるビルにたどり着き、店のあるフロアに降りると、入口付近で爪さんの『クラスメイトの女子、全員好きでした』の文庫本が売られていた。
開場時間から少し経った頃で誰も並んでなかったし、イベント終了後は混みそうだったので先に購入する。

 店に入ると、混んできてはいるが、まだ前方の席も空いていた。
こだまさんの真ん前も空いていたが、目の前に「かぶりつき」でいるとやりにくいかな?と思い遠慮して二列目の席を取った。

店の中にはこだまさんの本が売られていて、サインしてもらえるのは会場で購入した物のみだったので、もちろん既に持っているが購入する。

 席に戻ると、自分の前の席に先程はいなかった人が座っていた。  
それがちょうど自分の席と、こだまさんが座るであろう、こだまさんの本がディスプレイされている席の位置との間を隔てる形になった。
これではこだまさんを観たくて来たのに、視覚的には姫乃さんと爪さんとのトークイベント『永遠なる     夜にかぎって』になってしまう。(お二人のファンの方すみません。)

そのとき目に入ったのは「かぶりつき」の席だった。後ろを振り返ってみると、そこそこ混んできているのに誰もその席を目指す者はいない。
みんな、こだまさんに近すぎると気まずくなると思っているのか。

と、そのとき気付いた。いや、それもあるかもしれないが、こだまさんの真ん前に座ることによって後ろの席の人に「あいつ邪魔だな」と思われたくなくてこの席に座らないのではないのかと。

このまま我慢してこの席にいるのか、邪魔者扱いされても「かぶりつき」へ移動するのか。しばし、葛藤する。

しかし、心の中の自分が叫ぶ。「今日、お前が観に来たのは『永遠なるおしまいの夜にかぎって』だろ! 『永遠なる     夜にかぎって』じゃないだろ!」と。

「すみません。」と手を挙げ、店のスタッフを呼び止め席を移動していいかと尋ねると空いている席ならば問題無いと言う。
不自然なほどポッカリ空いたそのエリアに堂々と向かう。自分の決意は固かった。

「かぶりつき」の席に着いてしばらくすると、トークイベントの登壇者三人がステージに上がってきた。
この日のこだまさんは定番のスケキヨマスクだった。

 イベントは姫乃さんが司会役、というわけではないのだが巧みに会話をふり、他の二人は主にそれに答える形で進行した。
開始早々、爪さんが「こだまさんがマスク被ってるときの方が、話すときになぜか緊張する。」と言ってみんなが笑い、会場の雰囲気がほぐれた。

こだまさんは、いつになくリラックスしている様子で、爪さんとは友達口調も混じりながらトークする。

 自分が見てきた今までのこだまさんのイベントでは、こだまさんは司会進行の方から水分補給を勧められても遠慮してか、頑なに断られていた。
しかし、今回は気の知れた人たちとのイベントかつ、他の二人がかなり喋ってくれるのもあってか、マスクの口部分のすき間からストローを差し込んで飲み物を飲む光景も見られた。飲んだあとのマスクの口もとが薄っすら濡れて光ってるのが微笑ましかった。 
(自分は途中休憩時に一回会場から出たので直接見てないが、お客で来てた人の  Xのポストによるとマスクの下の方のすき間から、お店から提供された軽食も食べていたらしい。)


イベントの後半、会場のスタッフがこだまさんに、音声を拾いやすいようにマイクを顎の部分に付けた方がいいと伝える。
「この感覚を覚えろ。」と爪さんもこだまさんが持っているマイクを掴んでこだまさんの顎付近に持っていく。
 しばらくトークが進むと、結局、マイクはこだまさんの顎の位置から段々と離れていった。 そして、強く押し付けていたせいかマイクが離れても、マスクの顎部分はクレーター状にへこみ、クセがついていくのか、そのへこみは戻らなくなっていく。 こだまさんが顎からマイクを離す度に声量は下がっていくが、反比例するようにスケキヨマスクの異形度は上がっていく現象が起きた。


登壇者の三人は会場やネット視聴のお客さんからの質問に答え、いろいろと楽しい話題が挙がったのだがその中から印象に残った話を一つ。

 こだまさんの『いまだ、おしまいの地』という本に「メルヘンを追って」という話がある。
こだまさんがネット上の知り合いから詐欺にあって、その相手の実家の場所を突き止めてこだまさん含む仲間四人で突撃して回収をしようとする話だ。
 相手の親は逆にこだまさんたちを新手の詐欺グループだと思って、なかなか取り合おうとしない。
が、チェーンが掛けられた玄関ドアの隙間から相手とのやり取りの記録を印刷した資料を入れると、嘘ではないと判断したのかこだまさんたちを居間へと通す。
と、ここまでの流れは本にも書かれていたのだが、本に書かれていないエピソードが会場で披露された。

突撃した仲間のうちの一人、本では「坊主」と書かれていた人物が爪さんだったというのだ。(勘のいいファンは分かっていただろうが)
こだまさんが相手の親に丸め込まれないように「相手は敵だと思え。もし何か出されても、それには絶対に手をつけるな。」と事前に伝えた爪さん。

しかし、居間に通され安心したのか、すぐにお茶を飲んでしまうこだまさん。(こだまさん:「のど渇いてたから」)
さらにその家で飼われている猫を撫でて落ち着く、猫好きのこだまさん。

こだまさんの気の抜けっぷりにイラつきながらも、なんとか話の取っ掛かりを掴もうと「猫、かわいいですね。」と爪さんが言ったら、反社会的勢力の脅し文句(暗にその対象を狙ってることを匂わせる)のように受け取られたのか、凄い空気になってしまったと言っていた。

事の顚末は本の通りらしいので、未読で気になる方は是非とも読んでほしい。 



配信終了後、 

爪さん  :「配信終わってんのにマスク取らないの?」
こだまさん:    …コクッ  (無言でうなずく)

という、やり取りを見てなんかほっこりする。


 サイン会が始まり、最初はやはりこだまさんの列に並ぶ。
こだまさんに「あの、いりえさんのイベントで」と伝えるや否や「はい。note読みました。イベントの感想うれしかったです。」と言われた。

しかも、自分の名前も覚えてくれていて、すぐにサインを書き始めていた。

自分のnote読まれていたなんて。こちらこそ、うれしすぎる。
(今日はハンコはお忘れのようだ)


 こだまさんにサインのお礼を言って横を見ると爪さんのサイン待ち列がちょうど誰もいなくなっていたので、そのまま横に移動して爪さんにサインをお願いする。
すると、「なんか前の方で笑ってもらって、ありがとうございます。」と爪さんから言われた。 イベント中にちょいちょい、爪さんと目が合ったような気がしてたが自分の錯覚ではなかった。 
実は、本当にイベントのトークは面白かったのだが、自分のリアクションは小さじ一杯分くらい盛っていた(なるべくわざとらしくならないように)。それが「かぶりつき」で壁になった者の責務だと思って。 小さじ一杯分の努力は報われた。

自分が「こだまさんのファンなんですけど、今回のイベントの為に爪さんの本も読ませてもらいました。 自分、爪さんとタメなんです。」と言うと、爪さんは「おお!じゃあ、今年で〇十… 」と今年、我々が迎える年齢を言いかけて詰まってしまった。
「〇十〇歳。19○〇年生まれですよね?」と自分が継いで答えると爪さんは破顔して、「この歳になると同い年ってだけで嬉しいですよね。」とニコニコ顔でサインを書いてくれた。

爪さんが「なんて書こうかな?」と言いながら書いてくれた言葉

姫乃さんのご著書は残念ながら予算オーバーで今回は手が出せず。(トークの印象から本も絶対面白いと思うので近いうちに)


帰りは行きと少し違う道を通って駅まで向かった。 いろいろな想いが交差する夜になった。

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