「わら人形の第三道士夫人」第3話
原作ストーリー本文|第3話
#3
フミノが当主に抱かれた翌朝――。
第一夫人のリネンが額縁に何かを収めている。それはフミノの破瓜の血のついたシーツの布端だった。
「玄関に飾ってちょうだい」
そう命令されたキョンシーはそれを掲げてぴょんぴょん飛んで向かっていく。子供のチュアンはその中身が何かわからない。だけど、ついて歩く。
その光景を見て顔を真赤にするフミノ。
だが嫌味でやってはいなかった。ここではこれを記念のお祝い感覚でやっていた。
照れるフミノの隣にジェウがやってきて言う。
「おめでとうございます」
讃えられても嬉しくないフミノ、恥ずかしい。
「私の国の感覚では、茶化されているみたいでなんか……」
でも、これでイヤン家はフミノを家族に認めたらしい。
初婚の女性は少女なのがこの地では普通だった。
フミノがやってきた時、イヤン家の人々はこう思ったそう。取引相手である五刻家はいきおくれの余り者を寄越したか、処女ないキズモノを払い下げてきやがったと。
それがバレないよう、逆に性的関心を惹かず時間稼ぎをしている。ただ自分にそういう魅力がなかっただけなのに……。
(払い下げという点では正しいかも)
呪いの力を振るわないフミノに、父は自らの娘としての価値はないと判断していた。だからキョンシーの製法入手と引き換えに道士長と結婚させてもいいと考えたのだ。
そのことはここの人々は知らない。彼女の呪術師の才の秘密については、本当のことはまだ誰も知らない。明かしていないのだから。
フミナは苦笑して言い訳する。
「そういう縁がなかっただけです」
その彼女にジェウは優しく元気づけと言った。
「日本の男は女を見る目がないんだな」
ジェウは道士の修行を始めたばかりの青年だった。
「今度、里の義荘に遊びに来てください」
義荘というのは道士の集まる祭祀施設であり、修行する御堂のことだ。そこに呪術師の生まれなら興味を惹くモノが色々あるという。
フミノにとって呪術はどうでもいいことだ。でも、行きたいと思った。
「優しくて良い人かも。だけど、私は……」
その晩――。
旦那様の夜伽相手はまたフミノだった。リネンが妊娠したかもしれないとみんな思っているのだから当然そうなる。
当主であるこの男は眼前の東洋人の肌を興味深そうに見つめる。
フミノはその肌に生卵を割って落とす。中身が胸から下の方に滑っていく。
それがベッドに落ちないよう吸いに寄ってくる旦那様。できるだけ舌で転がしてから吸う。こう生卵の使うことで、互いの体をなめらかにするのであった。現代でいうところの潤滑剤やローションというところだろうか。
『感じる様を旦那様に見せて』
フミノはモーメイの言葉を思い出していた。
体を重ねる彼の動きに合わせ乱れていくフミノ。
このような流れで旦那様に気に入られたフミノは毎夜、求められるように……。
3人の夫人たちは昼食後は庭園のテラスで団欒するようなこともあった――。
「どうされたら、あなたはあれに熱くなれる?」
団欒というより猥談になることもあった。
「荒々しく」リネン。
「優しく丁寧に」モーメイ。
二人はそれぞれの好みを語った。
フミノはその後つい聞いてしまう。
「では、場所は? 女を一番熱くして、夢中にするにはどこを触ってもらえば?」
失笑するリネン。
「そんなこと恥ずかしくて言えないわ」
「……」でも、モーメイは笑わずにいてくれた。
答えあぐねたモーメイは眉間に皺を寄せ、ひとまずお茶を飲もうとして――。
「!!」割れる茶碗。
唖然とモーメイ。リネンにお茶を持つ手を払い落とされたのだ。
「アリザ茶はお腹の子に悪いわ」
今、飲もうとしていたお茶の茶葉である植物『アリザ』はお腹の子に障り流産させることもあるという。
リネンは妊娠中のモーメイを助けてくれたのだ。
道士長の後継ぎのライバルになる男児を身籠っているかもしれないのに。
後日――。フミノはジェウに案内され彼の働く義荘へ。
そこにはキョンシーと棺がたくさん並んでいた。棺の中にはキョンシーにするための死体が入っている。
「道士長になるため、ここで修行中なんです」
このまま彼に弟ができなければその通りになるだろう。
でも、もしできたら……その子がもし自分より道士としての才能に恵まれていたらその子に仕え一生もり立てなければならない。
それがこの里の、イヤン家一族の習わし。
(私のこと、どう思ってるんだろう?)
私もあなたの弟を産むかもしれない。つまり道士長への道を妨げる存在の一人……。
フミノは彼のことが少し怖くなった。
「フーミンさんを歓迎する品があるので持ってきます」ジェウはそう言って奥に。
フミノは身構えた。
戻ってきたジェウの手には白く美しい道服があった。
「キレイな服」
女性用の道士の服。これが歓迎の品だった。
安堵するフミノ。
ジェウは同じイヤン家なのに道服がないのはおかしい。特に他の夫人と違いフミノは呪術師の家から来ているのだから着ていいはずだと考えていたらしい。
イヤン家には女性の道士はいなかった。当主は女性を男子を産むためにいる考えている。
屋敷ではこの道服はきっと着れない。
だからここで着て見せて欲しいと頼まれる。
「でも……それだと今の着物をここで脱がないと」旦那様以外に肌を見せるのは息子とはいえまずい。
(でも……)
迷った末にジェウに後ろを向いてもらって着物を脱ぐことに。
ある程度、裸になったところでフミノは気づく。道服の着方がわからない。
「これ、どう着たら――ッ!」
尋ねようと少し振り返ったタイミングでジェウに背後から抱きつかれてしまったフミノ。
「やめて!」振りほどこうとするが体の力は彼のが上だ。
ジェウが無理やりフミノの唇を奪う。悔しい。
「こんなことしていいと思ってるのッ!? 私は第三夫人よ!」
拘束されながらもフミノは責めた。
しかし、彼が言い返してくる。
「くくッ、親父以外しといて何言ってんのッ?」
イヤラシイ笑みを浮かべるジェウ。あの父親そっくりだ。
「? はッ!? 何言ってるの?」フミノは道士長の他に体を許していない……はず。意味がわからない。
「モーメイ夫人とのことだよ! あれ見て欲情しちゃった!」
見ていたのだ。フミノたちは気づいていなかったが、あの時の覗いていた視線の持ち主はジェウだった。
妻同士でいやらしいことをしていたなんて言いふらされてしまったら、私だけじゃなくモーメイの立場を危うくしてしまう。それがきっとどんな理由があったとしても。
「……お願い、言わないで」フミノは抵抗するのをやめた。
それで油断したジェウは彼女への力を弱める。
その瞬間、フミノは一番近くにあったキョンシーへ手を伸ばす。
そいつに貼られた呪符を剥がす。
「グオーーーッ!」
棒立ちしていた、そのキョンシーが叫び暴れだす。お札を剥がされれば死体は亡者に戻り生きている者たちを襲い出すのだ。
思わぬ反撃にジェウは驚く。
「! クソ!」
ジェウは焦る。キョンシーの暴走を当主である父に知られれば、道士長としての資質を疑われる。それにこうなった理由を訊かれたら、さらに困ったことに。
「封印しなければ!」再び操るため呪符を貼ろうとするが、なかなか取り押さえられない。
ジェウが暴走キョンシーに苦戦している間に、フミノは外に逃げる。
外は雨が降っていた――。
雨に濡れながらフミノは茫然と道を歩いている。このままイヤン家の屋敷に帰って大丈夫だろうか。
すでに涙を流していたが、雨粒で誰が見てもはわからなかった。
モーメイとやった夜の特訓をこの里の道士たちに知られれば、彼女の評判を落とすかもしれない。それで済めばまだいい。
道士長の家に恥をかかせたのだ。出産が無事済めば、その子を奪いモーメイを追い出すか、もしくはやはり殺してキョンシーにするだろう。
もうすぐ彼女は〝奥様〟になれるかもしれないのに。自分のせいで彼女は何もかも奪われてしまう。
(ジェウを呪いたい)
いつのまにかフミノは道を外れ茂みへ入っていた。
わらを集めようとしゃがむ。わら人形を作って彼を呪おうとしていた。
私がこれまで呪い屋なのに呪術を使わなかったのは、力がなかったからじゃない。他人を呪いたくなかったからやらなかっただけだ。
(でも、やらなければ! モーメイの幸せを私のせいで閉ざすわけにはいかない!)
その時、反対側からリネンが誰かとやってくる。咄嗟に隠れるフミノ。ジェウが母である彼女を頼る可能性を考えた。
だが、そうではないようだ。
リネンの隣にいるのは見知らぬ青年、年齢はフミノと同じぐらいの男と手をつなぎ走って茂みからより深い竹林の中へ。
「……」
見つからなかったフミノだが緊張した面持ちのまま二人のあとを追う。
尾行したその先で目撃したのは、リネンたちが抱き合いキスしている様子。
それで終わりではなかった。彼らは服を脱がし合う。
その際にリネンの口から出た言葉にフミノは衝撃を受ける。
「旦那様の子供ができても、アリザ茶を飲んで流していた」
目の前の男に自分がどれだけ真剣か教えるために。そして、もう当主を愛していないと彼に伝えようとリネンはその言葉を口にしていた。
チュアンを産んでからは旦那様との子を産まないよう人知れず堕胎していたのだ。自らあのアリザ茶を飲んで。
この若い間男への愛のために、当主とは床を一緒にしないように今はしているともリネンは喘ぎ叫ぶ。
フミノに見られているとも知らずに二人は竹林の中で情事を続ける。その男のリネンへの扱いは彼女の好み通り荒々しかった。
〈続く〉
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