三間党級位者、バレエ山に登りはじめる。

 きっかけは、「LINEマンガ」で「絢爛たるグランドセーヌ(Cuvie)」という漫画を読んだことだった。
 
 絢爛たるグランドセーヌはクラシックバレエを題材にした漫画だ。アプリ内でたくさん配られるチケットを使ってさくさくと読むことができたため、軽い気持ちで読み始めたのだが、これがまあ面白い。題材はバレエだが話の組み立てはさわやか真っ直ぐなスポ根もので、あっという間に最新刊まで読んでしまった。
 グランドセーヌの魅力を存分に語るとそれだけで一記事になってしまうのでここでは割愛するが、とにかく面白いので未読の方には是非読んでもらいたい。ちなみに佐藤天彦九段も読んでいるらしいよ(重要情報)。

 で、読んでいるうちに、私は「バレエを生で観てみたい」と思うようになった。というか、思った次の瞬間にはe+で検索してチケットを買っていた。こういうときの三次元おたくのスピード感は異常。
 生まれて初めてのバレエ鑑賞は東京バレエ団の「ジゼル」。話の筋には納得のいかないことだらけだが、一幕の天真爛漫な田舎娘ジゼルと、二幕の死したジゼルの演じ分けがすごい! アルブレヒト……お前は絶対許さねえ!!

 そこからすっかりバレエ鑑賞にハマってしまい、何度も何度も舞台に足を運ぶうちに、むくむくと「自分でもやってみたい」という気持ちが芽生えてきた。
 何を隠そう、私は弩級の運動音痴である。物心つく前からあまりにも鈍臭かったため、文武両道の母に心配されて就学前から水泳教室に通わされていた。(おかげで「水中で妙に動きが速くなるタイプの運動音痴」になった。)
 ないものねだりとでも言おうか。「踊れる身体」に対しての憧れは昔から人一倍あって、美しい身体といえばダンサーのそれだと思っている。その憧れからいままで何度かダンスの習い事に挑戦していて、その度に挫折してきた。振り付けを覚えることにも苦労したが、ポールダンスを習っていたときには、ウォーキングがあまりにも下手くそすぎて私だけ死ぬほど歩かされたことがある。歩くのが下手って、そんなことある?

 その点バレエはガチガチの伝統的な「型」がある芸術で、一般人とダンサーは体のつくりからしてまったく異なる。初心者はまずまっすぐ立つことから始めて、しばらくは地道な基礎練習を繰り返しながら「バレエを踊れる体」を作っていくことになる。
 これは運動音痴にとってはかえってありがたいことだ。ひたすら黙々と反復練習するのに、あまり運動神経は関係ないから。もちろん体を使うセンスのある人はこの部分の上達も早いのだろうが……。

 よし、とにかくやってみてから考えよう。そう思い、私は教室を探しはじめた。条件は「完全初心者の大人に教えてくれる教室」だ。バレエを大人が習う場合、私のような本当にまっさらの状態から始める人と、子供のころに習っていてまた始めたいという人がいる。生徒が後者ばかりの教室もあり、さすがにこれではつらいので、前者が多いところがよさそうだ。

 検索して候補を二つに絞り、体験レッスンを申し込むことにした。

①個人経営の小さな教室
 大人初心者専門。ホームページはかなりアットホームな雰囲気。職場からも家からも遠い。K東区にある(←山本博志ファン的BUCHIAGEポイント)

②いくつもスタジオがある比較的大きなスクール
 レベル別レッスン。職場と近い。ウェブサイトに「体験千円だからってぬるい気持ちで来る方には向きません」と書かれていて大いにビビる。

 まずは①の教室から。
 服装は動きやすい格好ならなんでも、とのことだったのでUNIQLOのゆるっとしたエアリズムTシャツとスカート付きレギンス、靴下を持っていく。
 結論から言うとあまり合わなかった。周りが「大人初心者」ではあるものの、教室には継続的に通っている人ばかりで、ついていくのが大変だった。また、いきなりセンターレッスン(バーなしで踊る)までやったのだが、自分でも基礎的なところがまるでできていないのがわかり、あまり楽しめない。
 あと信じられないくらいパ(振り付けみたいなもの)が覚えられない。基礎のムーブが頭に入っていないのだから当たり前だが……。まだ一手詰も怪しいのに三手必死を説明されているくらいのついていけなさ。

 ②の教室がまさに求めていたもので、ひたすら地道にバーレッスンを繰り返し、基礎的な姿勢を叩き込まれた。そう、これこれ!
 ①の教室での服装では姿勢がわかりにくかったので、上をピタピタなエアリズム長袖に変更。ショート丈のバレエタイツにバレエシューズを履いた。骨盤の前傾後傾がぐっとわかりやすくなった。めっちゃぐにゃぐにゃやんけ〜!!
 体験レッスンは私のほかにももう一人いて、その人と一緒に基礎以前の立ち方なども教えてもらえた。同じようなレベルの人がいて助かった!と思ったらその人はジャズダンス経験者だった。「将棋初心者です」って言うわりに強いし覚えも早いからよくよく聞いてみたら囲碁有段者のパターンじゃないか。騙されないからな。
 あと先生がバンギャル友達に似ていて安心感があった。
 職場からも近いしここだ!と決断、即日入会。

 以下は①②通して気づいたこと、反省したこと。
 初心者ほど恥を捨ててピタピタのウェアを用意すべき。初心者は絶対に姿勢が歪んでいるのだが、特に歪みやすいのが骨盤周辺なので、お腹〜腰回りにゆとりがある服だとその辺りの姿勢がチェックしにくい。
 あと、初めてのバレエシューズは試着して実店舗で買うこと。
 ネットで買ったのだがおそらくすこし小さく、タンデュやジュテ(要するに片足で立つポーズのこと)を繰り返しているとかなり軸足の足裏が痛かった。ネットで買うと少しお安いが、まずは正しいフィット感を知るためにもちゃんと店に行くべき。
 そしてプロテイン。体がふにゃふにゃの初心者にとってバーレッスンは地獄の自重スロートレーニングである。それなりに宅トレをしていた私ですらあちこちに筋肉痛が発生した。筋肉痛が発生するということはすなわち筋肥大チャンスである。レッスン後は信じられないほどの空腹にも襲われたので、ドカ食い阻止も兼ねてプロテインを用意し、終了後すかさず補給したい。



 ところで。
 先程書いたとおり、私はネットで検索して教室を探したわけだが、その過程でいろいろと思うことがあった。
 大人初心者にバレエを教える教室を探すとなると当然「バレエ 大人 初心者 教室 ◯◯(地域)」といったワードで検索するのだが、このときに「バレエ 大人 見苦しい」とか「バレエ 大人 勘違い」というサジェストが出てくるのである。
 個人的にはそもそもこういうネガティブな語句で検索する意味がよくわからない。例えば食べ物だって「◯◯ まずい」ってサジェスト出てくることあるけど、それ検索してどうするんだ? と思う。同じ意見の人を見つけて安心するのだろうか。

 以前、趣味でプロのボイストレーナーから歌唱トレーニングを受けているという人に出会ったことがある。その人は別にプロ歌手になりたいわけではなく、歌うのが好きで、カラオケで前よりもうまく歌えるのが嬉しい楽しいと言っていた。素敵な趣味だ。
 しかしその人は、よくこう言われるらしい。「そんなことして、何を目指しているの?」と。
 う、うるせーーー! 趣味だって言ってるだろうが!!
 まあでも、いるよね。習い事系、練習努力が必要系の趣味に「何目指してるの?」って言ってくるやつ。将棋も(観るだけじゃなくて)指すことを知られるとたまに言われる。
 将棋に関しては、プロ棋士になるのに年齢制限があることを知らず、続けていれば誰でもなれるものだと思ってプロになるの? と訊いてくる人もいるけれども。
 私がバレエ教室に入会したのは、いずれは下手でも踊れるようになってみたいという目標もあるが、なによりもバーレッスンが楽しかったからだ。筋トレは好きだし、自分の身体性が少しずつ拡張されていくような感覚も楽しい。
 私は人前に出ることが本当に苦手で、仮にいずれ少しは踊れるようになったとしても、発表会に出るつもりはない。もしかしたら気が変わるかもしれないが、今のところはない。
 完全なる自己満足。趣味なんだから、それでいいのだ。他者から見て見苦しいかどうかとか、プロになれないならやる意味ないとかどうでもいい。楽しい、好き、それでいい。その中で目標を立てて、頑張って、成し遂げるのもいい。ちょっと頑張って登った先にある絶景を眺めて、山頂でおにぎり食べて帰ろう。もちろんお散歩で行ける範囲で楽しんだっていい。趣味なんだから。

というわけで、ちょっと新しい山に登ってきます。もちろんアマ初段山も引き続き登っていく所存であります。それでは、出発!!(中川八段のモノマネで)

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