小説:いつか

朝日は眩しく、それは希望に見えたり絶望に見えたりする。美しい光景を美しいと思えることは幸福なことなのだと知った。ある日、私は世界を美しいと思えなくなり、それからずっと、朝日は私にとって絶望の象徴だった。いつも通り苦しい1日の始まりを告げる合図に見えた。
それでも1日は始まり、そして終わりを迎える。今日は、いや今日も、ただ美しくない世界で、美しくない私は呼吸をした。
そんな毎日を繰り返しているある日、私の元に古い友人から一通のメールが来た。「お久しぶりです。聞いてほしい話ができました。近々お会いしませんか。」聞いてほしい話、というのが気になり、会うことにした。
何通かやり取りをし、会う日や会う場所を決めた。その間、聞いてほしい話が一体何なのかは全くわからなかった。
そして当日が訪れた。いつものように美しくない朝日を見て、美しくない私は支度をする。待ち合わせ場所の喫茶店に着き、そこにはしばらくぶりに見る彼女がいた。
「今日はどうもありがとう。」
私たちはまずお互いに近況を話し、話が一段落したところで、彼女は言った。
「ずっと伝えたいことがあったの。」
彼女は笑顔でそう言った。私は聞いてほしい話というのが暗い内容ではなさそうなことを理解し、少し安堵した。
「高校2年生の時、同じクラスになったのを覚えてる?」
あんまりはっきりとは覚えていないが、なんとなくそうだったような気がする。
「あの時、私には見える景色が全てくすんでいて、要は、世界を美しいと思えなかったの。この世界は悪意や絶望に満ちていて、幸福は一部の選ばれた人だけが持てるものだと感じていた。」
いきなりの話に少し困惑しながら、私は相槌を打った。
「そんな中で、ある道徳の授業中に、あなたが、『例えどんな罪を犯しても、周りとは異なる人であっても、その人にも幸福になる権利がある』と言ったのを聞いたの。」
正直覚えていなかったし、若かった頃の発言を掘り返されるのは恥ずかしい。
「私は世界を美しいものだと思えないことが、何か罪のように感じていたの。だって、物語は世界の美しさを語り、人々は他者の優しさに感動し、写真や絵のモチーフになるのは壮大な自然ばかりだったから。」
それは、まさに今の私の気持ちだった。私は世界を美しいと思えないことを罪だと思っているし、世界を美しいと思えないことで世間に溶け込めていないような孤独を感じていた。
「でも、あなたは、そんな人にも『幸福になる権利がある』と言った。私はそれを聞いて、ああそうか、世界を美しいと思えない私にも幸福になる権利があるんだ、と、ふと気づいたの。」
私は、その過去の発言が、今の私に対しても言われているような気持ちになった。
「それからも、私は世界が美しいと思えることはなかった。でも、幸福は一部の人だけに与えられるものではないと思うようになったの。つまり、世界が美しいと思えなくても、そのせいで皆と同じになれなくても、私にも幸せになる権利があるんだと思えてきたの。」
彼女は笑顔で話し続ける。今の彼女は幸福そうに見える。それは、彼女が"自分は幸せになっていいんだ"と思っているからかもしれない。
「だから、感謝を伝えたかったの。今、私は、世界は美しいと思えない私が、そのことで皆とは違うと感じる私が、幸せになっていいんだと思っていられるから。」
彼女は一通り話し終えたようで、手元の紅茶を飲んだ。
「だから、ありがとう。」
最後にそう言って、彼女の話は終わった。私はその間、頭の中で色んな考えが浮かんでは消えていて、最後に
「ううん。」
と小声で伝えた以外、何も言えなかった。
その後、彼女とは高校時代の思い出話を少しして、別れた。私は帰路でも、さっきの話についてずっと考えていた。
"幸せになる権利は、誰しもにある"。それは誰もが納得する事実で、言うのは簡単なことだ。でも、"私が幸せになること"を許すのは、おそらく今世界が美しく見えない人には何よりも難しいことなのではないか。
けれど、過去の私が言ったことは、何よりも正しい。例えどんな罪を犯しても、周りとは異なる人であっても、その人にも幸福になる権利がある……。私は、私にも、幸福になる権利があるということを、頭ではわかっているのに、心が納得できなかった。

翌日も、朝日は美しくなかった。私はいつも通り、美しくない私のままで呼吸をした。でもその間、私は、私にも幸せになる権利があるということが、頭から離れなかった。だからなのか、それともただの気まぐれなのか、私は私にお似合いだと思っていた散らかった部屋を片付けて、片付いた部屋で1日を過ごした。それは確かにいつもより幸福で、でも幸福を受け入れることは難しくて、だけど幸福だという事実を認めることはできた。

きっと、これからしばらくは、私は"自分にも幸せになる権利がある"ということについて考え続ける。そして、あわよくば、ある日、その事実を心から認め、自分が幸せになることを許せたらいいと、ふと思った。

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