白木蓮の花

私の生まれ育った家の 庭のど真ん中には白木蓮の木があった

植えられていた とか
生えていた とか
立っていた とか 

色々 当てはめてみたけれど

あった  が1番しっくりきた


田舎の家なので 庭の隅っこには お稲荷さんが奉られていたり

1人では絶対入れなかった 中が薄暗い蔵があったり

養蚕していたから 桑の納屋や蚕室があったり

井戸があったり

今の生活では 何一つないものが当たり前にあった庭に

白木蓮の木も 当然にあるものだった


今から 40年ほど前のこと

私は 保育園の年長さんになった春

母方の祖父 つまり母の父が入院した

今 書いていて 何の病気だったか知らないまま来たことを  改めて気づいた

病院にお見舞いに行こう そう言って準備をした後 

母は 綺麗に咲き始めた 白木蓮の花の枝を何本か切り 花束にした

『おじいちゃんに見せてあげたいの』
そう言って にっこり笑った後
口元に一本指を当て

『でも 枝 切っちゃったこと 誰にも内緒ね』
と言った

まだ幼かった私は 不思議だった

自分の家の庭に 当たり前に咲いている花を切ることが なんで秘密なのだろう

いっぱい咲いてるのに。

でも 母との約束だから 誰にも言わなかった

なんでか 言っちゃいけない気がした

それから そんなに経たないうちに 祖父は亡くなった

少し 話はそれるが 祖父が亡くなったのは夜中だったらしいが 付き添っていた叔母は病院の個室がたくさんあるガラガラのトイレで ノックをされ

自宅にいた祖父の初孫にあたる いとこは呼ばれる声で目を覚まし 部屋を出ると階段の下で祖父が立っていた

と言う話を 葬式のあと 親族の食事の席で聞いて 幽霊みたいな おじいちゃんが自分のとこには来なくて 良かった とホッとした 

祖父が亡くなった ということが まだ今ひとつ理解出来ていなかった私は
火葬場で 青空の中にあがる煙を 母と弟と眺めながら 

母の あの煙はおじいちゃんだよという言葉で 人は死ぬと 煙になるんだぁと思った


それから 20年後 私は結婚し親元を離れ
母は 父の両親を看取り

父と母が結婚して 初めての夫婦 2人だけの生活が始まった頃

電話の向こうの 母が言った

『なんかねぇ こないだふと あぁここは私の家なんだなぁって 思ったんだよね』と。

切なかった

結婚して 30年近く経って 初めて ずっと住んでいた家を 自分の家なんだと 感じた母

私にとっては 生まれた時から 当たり前にあった物が 

当たり前に家族だと思っていた関係が

母にとっては 嫁いだ先にあったもので

家族になろうとしていた関係だったんだ

20年経って 白木蓮の花を切ったことを内緒にした母の当時の気持ちがわかった気がした

ほんの少しだけど。


今の時期 実家の庭には いつも通り白木蓮の花が咲いていることだろう

50年近く眺めているその光景は 母にとって当たり前になっただろうか

暖かくなってきた風と 祖父の煙を見送った日に似ている空の青さを眺めながら ふとそんなことを考えた

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