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Page4.酔いに恋して 


🐾お品書き


こんにちは。あるいはこんばんは。
今日はBAR "shinineko"の店長として、
この筆を執らせていただきます。

さて、「酔う」と聞いて初めに連想されるものはなんですか...?
一番多い答えはおそらく、お酒でしょう。
大学生になって数か月、同級生たちが次々と誕生日を迎え、20歳にまた一歩近づいていくなかで存在が大きくなっていくお酒
しかし、「酔う」のはお酒だけ。
ではありませんよね...?

そこで、いろんな「酔い」を今回は
・テキーラサンライズ
・ハイランドクーラー
・キューバリブレ
の三品でご用意致しました。
どうぞ、最後までごゆっくりお楽しみください。

🐾テキーラサンライズ

大学、バイト先、ネット
この時期はどこでも恋の花が咲く。
それを耳にする度私は思い出すのだ。

どこかの誰かが提唱した、「恋はレモンの味」というフレーズ。
青春真っ只中の恋の甘酸っぱさをある人はレモンで例えた。

だが、恋はもっともっと甘くて、ちょっぴりアルコールが入っているように感じるのだ。
手足が凍えそうなのに誰もいない真っ暗の公園で駄弁っていた私と君。
隣にいる君がふいに私に触れたとき、その触れられたところが徐々に熱を帯びて全身に広がっていくあの感覚。
甘い言葉をささやかれるたび脳が溶けそうになるあの感覚。ふわりふわりと蝶が舞うように足元もふらついて、君のことで頭が支配されるあの感覚。
君の指から私の指へ熱が移る。火照った顔を上げると君と目が合った。
見れば見るほど引き込まれそうになるきらきらした目。誰かの体温を感じるのはこんなにもくすぐったいのか。

ねぇ神様、どうか、どうか今だけ時間を止めてください。これからいい子にしますから。
神様なんて信じていない私だが、今日だけ都合よくすがりついた。
切実に、この瞬間が続いてほしいと思った。
一人の夜は怖い。誰かに生きていることを肯定してほしい。

私に、触れてほしい。

しかし私の願いも虚しく、時計塔は容赦なく12時の鐘をうつ。

”それ”はとっても甘くて、まるで魔法みたいもの。
一度知ってしまったらどんどん求めてしまうもの。
ガラスの靴も、フェアリーゴッドマザーもないけれど、十分すぎるくらいの幸福感で満たされていた。


🐾ハイランドクーラー

最近バイト先では未成年飲酒に加担する事件が多発しており、酒提供の再教育が行われた。
馬鹿どもめ、何故監視カメラのついた店内で酒の受け渡しをするのだ。
たったその1度の誤りで人生を棒に振ることになるんだぞ。もっと緊張感を持て。

顔も名前も知らない少年Aを心の中で説教する。

ただ、私は"まじめだから"こんな風に言っているのではない。
誰かがこんなふうにミスをしてしまったら、規制が厳しくなっていざと言う時に買えなくなってしまうかもしれない。それでは困るのだ。

そもそも、未成年飲酒がそんなに悪い事だとは思わない。
こんな世界でお酒を飲まずにやっていける自信はないし、何かにすがって生きていたい。
その対象がお酒というだけで。
私だって、勇気があればとっくにお酒に依存している。

それをしない
(できないのは私が臆病なせいだが…)のは

20歳まで生きる理由がほしいからだ。

お酒はどんな味なのか、「酔う」とはどんな感覚なのか。私は酔ったら泣くタイプなのか、
怒るタイプなのか、それとも笑うタイプなのか。

その単純な疑問をちゃんと20歳になって解決することができたら、私の人生はよきものだったといえるような気がしている。

みなさんこんにちは。(こんばんはかな...?)
きっとこれが読まれているということは無事成功したのでしょう。
私は20歳になって「酔い」の感覚がわかり、人生に満足したので死ぬことを決意しました。

なんて軽すぎる文章が書いてあったら逆に面白いかもしれないな
読んでも泣けない遺書としてギネス認定されたりして。
(そんなカテゴライズねえだろ)

いかんいかん、このままでは胃もたれしてしまう。
この辺にしておくとする。
まあ、のんびり生きよう。いつか来る日のお酒の味を楽しみに。


🐾キューバリブレ

梅雨ってなんだ...?今年梅雨あったか...?
そう思うほど暑い日が続く。
毛穴という毛穴から汗が滲む。じりじりと肌が焼かれる。
普段はお茶か水しか飲まないのだが、今日は特にあいつが飲みたい。
しかし、商店街は既に深い夜に包まれている。
さあ、どうしようか。歩いていくと、目と鼻の先にコンビニが。
ああ、助かった。砂漠の中のオアシスにすがるように、店内に駆け込んだ。
鮮やかな赤に白いラインが入ったあいつを手に取り購入。
それを見るなり、私の喉は渇きを自覚し始める。
はやる気持ちを抑えながらステイオンタブに指をかけ、力いっぱい開ける。

カシュッ

私はこの瞬間が2番目に好きだ。
甘い、爽やかな香りが鼻をつつく。
間髪入れずに泡のはじける音がする。

「炭酸やジュースを飲むと骨が溶けるよ」
なんの根拠もない母の言葉に縛られた幼少時代。
食べるものも、飲むものも、遊ぶのもすべて縛られていた時代。
今は何を食べても、なにを飲んでも、何時に帰ろうとも、とがめられることはない。

腹の中で渦巻く黒い感情を洗い流すかの如く、勢いよくコーラを流しこむ。
胃の中で一気にはじける炭酸の圧に耐えられずくぅ~と声が漏れる。

うっっっっっっっっめえええええ!

これで骨が溶けるというのなら
いくらでもくれてやる。
さあかかってこい、砂糖のかたまりども!

勝ち誇った気持ちでふと目線を落とすと....

道路に移る自分のシルエットは疲れ果てた社会人の私が缶ビールを持っているように見えた。わかりやすい猫背に風で乱れた髪、目の下には隈がみえる。夜風にふかれて私の心も冷めていく。はは、私が行きつく先はこれなのか。なかなかにひどい恰好じゃないか。結局私はこうなのだ。
腹の底から黒いものとともに笑いがこみあげてくる。
いよいよ狂ってしまったのだろうか。

しかし、手にしているのはコーラなのだ。
これが酒だったら格好がつくのに反抗しきれない中学生感が否めない。
社会のルールにどうしても背けない臆病な自分が愛らしく思えた。

これが酒に変わったそのとき、
私は何を思うのだろう。
死んだような目をして、
生きるだけのために金を稼ぐ。
うまく息を吸えない魚みたいに口をぱくぱくさせながらあがいて生きるのか。
そんな大人に私もなってしまうのか。
あのアスファルトに映る私が脳みそから離れなかった。

🐾閉店

おっとっと。もうこんな時間になってしまいました。
秘色セレクトのカクテルいかがでしたか...?
今宵はどなたでも「酔い」体験ができるようなお話をご用意しました。
少し刺激が強いものもありましたが…
また、ぜひ来てくださいね。

そういえば、カクテルには花言葉ならぬカクテル言葉があるそうで...。
いえ、なんでもございません笑
あなたにとって明日が今日よりよきものになりますように。

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