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〈小説〉スカートとズボンの話 #12

 あなたのことよく覚えてるよ、高校生くらいだったでしょ、1人で店に来て、501この子ご指名で。わたし、実はすごくこれ気に入っていて、本当は売りたくなかったの。でもあなたが試着室から出てきた姿が、あまりにお似合いで。あのときもう1人いた、ヒゲもじゃの大男覚えてる? あなたが帰ってから2人で、きっと501あれはあの子を待っていたんだね、って話してたんだよ……

 彼女はそんな風に一気に話して、わたしのリーバイスをもう1度眺めた。
「ずっと、大事に着てくれていたんだね。すごくいい味出てる」
 わたしは、うれしさや懐かしさやいろいろな感情がないまぜになり、彼女の話に、ただただ頷いた。

 強い雨が降り出した。彼女は、雨宿りして行って、とわたしをバックヤードに招き入れた。わたしは小さなソファに座って、彼女と向かいあった。

 彼女は、耀子ようこさんといった。
 わたしは思わず耀子さんに、今日ゼミで起こったことを話した。耀子さんは目を丸くして、あの大学、いろんな人がいるんだねえ、と笑った。

 でもね、と耀子さんは何かを思い出すように言った。
「あの法律はたしかに、いろんな人の運命を狂わせたと思うよ。あたしもそう」

 Ace of Baseの同じ曲がリピートで、CDラジカセからずっと流れている。
耀子さんは、ぽつぽつと話し始めた。

 以前このmer bleueは、あのときいたヒゲもじゃの男性の店だった。彼はレオさんといい、「フランス人のパパと日本人のママ」の間に生まれ、フランスで育った。日本の大学に入りこちらで暮らし始め、洋服好きが高じて古着屋を始め、このmer bleueを開店した。

 そこで働き始めた耀子さんは、やがてレオさんの恋人になり、一緒に暮らし始めた。そしてまもなく、女性下衣選択法が施行された。耀子さんは「悩んだけど、ジーンズ屋なんだから」、「粛々と」複筒を選んだ。

 腹に据えかねたのは、レオさんだった。耀子さんにではなく、この法律に対してだ。



つづく

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