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〈小説〉スカートとズボンの話 #8

「でも、複筒の人とつきあうってのはなぁ」
 誰かが言った。
「そうなんだよね」
 ヒロヤは即座に答えた。少しだけ、残念そうに。
 惜しいなぁ、と誰かが言った。

 わたしは物音をたてないようにそっと、教室を離れた。ヒロヤの持ち込んだレニー・クラヴィッツが、廊下のスピーカーから聴こえてくる。


「華が複筒でよかったって、初めて思ったわ」
 テレビを観ながら、ママが言った。

 映っているのは、下着が見えそうなミニスカートの女子高生たち。
「自分の着た制服や下着を売る『ブルセラ』女子高生」
「中年男性と『援助交際』してお小遣い稼ぎをする女子高生」
 テレビの向こうで大人たちが寄ってたかって深刻な顔で、そんな話をしている。

「ズボンじゃ、売りたくたって売れないものね。……それにしても援助交際だなんて。こんなの売春よ。いい?華。女として大事にされるってことと、こんな風にいやらしい目で見られるってことは全然違うのよ」

 途端に、顔が真っ赤になった。つい数時間前聞いた、男子たちの会話がよみがえったのだ。
 ケツがたまんねぇ、なんて言われてしまった。ヒロヤに失恋したショックより、そちらの方がよほど頭に残っていた。

 ママは、いつも生意気なわたしのそんな反応を見て、あら、という表情をした。そして
「華、彼氏はいないの?」
 そんなことを急に聞いてきた。わたしはびっくりして、いないよ、と答えた。
 ママはにっこり笑った。
「そうよね。複筒じゃ、彼氏つくるのは大変よ。せっかくこんなに可愛く生んだのにね。もったいないわ」
 私の頬を優しくつねって、ママはそんなことを言った。

 ママはわたしに、ずっと子どもでいてほしいのかもしれない。

 テレビでは今度は、へそ出しスタイルのギャルが街を闊歩している。まあ、おへそなんか出して、親御さんは何も言わないのかしら、とママはぼやいた。


 今日のことは、もう全部忘れよう。
 明日はサヤカと渋谷だ。大好きないつものリーバイスを穿いて、へそ出しのノースリーブを着て行くんだ。わたしはひそかに、心に決めた。


 

つづく

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