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〈小説〉スカートとズボンの話 #5

1996年 華 18歳

 わたしは、都立高校の3年生になった。学校に制服はない。
 高校受験のときママはお嬢様私立にわたしを入れたがったけど、とんでもなくダサいズボン制服を見て一瞬にしてあきらめてくれた。泣きながら、ぐずぐず言われたけど。

 4年前「下衣選択法」申請の日にプチ家出をした後は、ひどい騒ぎだった。パパはわたしをひっぱたき、ママは半狂乱で泣き叫んでわたしを責めた。
「あなたはこれでもう、きちんと女として認められなくなるのよ」
 ママはそんなことを言った。今でもときどき似たようなことを言われる。

 「女性下衣選択法」は、すっかりおなじみになった。スカートが「単筒型下衣」、ズボンが「複筒型下衣」だから、今は略して「単筒タントー」「複筒フクトー」なんて皆呼んでいる。今のクラスで複筒の女子は、わたしだけだ。


「華ちゃん、明日予備校ある?」
 サヤカに聞かれた。クラスで一番仲のいい子だ。ないよ、と答えるとサヤカはにっこり笑って、じゃ放課後渋谷に行こうよ、と誘った。
109-2イチマルキューツーとタワレコに行きたいの。あとカラオケも」
 いいね、全部行こうよ、とわたしは言った。

「華ちゃん、この前着てきたスリップドレス、覚えてる?青系の」
 あれを着ていこうかな、とサヤカは言う。肩紐が細くてひざ上丈の、下着のスリップのような形のワンピース。

 いいじゃない。あれ、可愛かったね、とわたしは言った。白いシンプルなTシャツの上に重ねて着るととても可憐で、サヤカによく似合っていた。

 それがね、とサヤカが言った。
「先月かな、華ちゃんが休んだ日にも同じの着てきたんだけど、その時は下にTシャツを着ていなかったの。上にカーディガンは着ていたけど、少し露出多めだったかも。そうしたらヨシカワがね、そんな格好してたらお前、いつ犯されても文句言えねぇからな、って」

 わたしは笑ってしまった。ヨシカワは、クラスのナンパキャラを一手に引き受ける男だ。可愛い女子に次々、つきあおうよ、とか今度遊んでよ、とか、どこまで本気かわからないような声をいつもかけている。わたしは、1度も言われたことがないけど。


つづく


※一部不適切な表現がありますが、当時の若者のリアルな会話を再現する意図で書いています。あわせてお楽しみください。

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