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〈小説〉スカートとズボンの話 #14

 耀子さんは手帳を取り出し、中にはさまった写真を見せてくれた。
「年に1回会いに行くんだよ。買いつけついでにね。これは昨年の写真」
 そこには耀子さんと、頬を寄せた5歳くらいの美しい少女が写っていた。横にはわたしの記憶にもあるヒゲのレオさんが、よちよち歩きくらいの子を抱きよせ座っている。
 この子は? とわたしが聞くと耀子さんは、ああ、レオの今の奥さんとの子、とあっさり答えた。
「あっちに帰ってすぐ、一緒になったみたいよ。フランス人ってそんなものなのよ」

 奥さんはルイーズっていってね、この写真撮ってるのも彼女だよ。行くと皆で、ヨーコ!!って大歓迎してくれるよ。アリスだってヨーコって呼ぶもんね。苦笑しながら耀子さんは言った。わたしはなんだかわけがわからなくなってきた。Ace of Baseの「All That She Wants」がまた頭から始まる。

 あっ、同じ曲リピートにしてたあ、話に夢中で全然気がつかなかった、と急に耀子さんは立ち上がって、CDラジカセのボタンを押した。ラジカセは、ふう、と一息つくみたいにキュルキュル音を立てて、アルバムの1曲目を奏ではじめた。

「ありがとうね聞いてくれて。この話をしたの久しぶり。レオを知ってる人に会うのが、久しぶりなんだもん」

 今は1人ぼっちだけどすごく幸せなの、と耀子さんは言った。
 レオから譲り受けたこの店で、好きな服に囲まれて。この店があるし友達もたくさんいるし、東京にいて本当によかった。
 耀子さんは、バックヤードから誰もいない売り場をしみじみ眺めて、そんなことをつぶやいた。


 いつでも遊びに来てね、と言われたのを真に受け、わたしはしょっちゅうmer bleueに顔を出すようになった。アルバイトとして耀子さんを手伝い始めるまで、そんなに時間はかからなかった。


2000年 華22歳

 わたしは大学4年生になった。1年生からずっとmer bleueでのアルバイトに夢中で、大学は相変わらずだった。あの店でバイトしているんだね、と声をかけてくれる人は多かったが、大学はわたしにとって、ただ淡々と授業やゼミをこなす場所だった。それでよかった。


つづく

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