福岡県大野城市という片田舎に小学校4年生まで住んでいた不肖は、通学路でよく猫じゃらしを見かけました。 確か僕が2年生のころだったと思います。東京から泊まりに来ていた一つ上の男の子が、これを見て自信満々に断言しました。 「この先っぽがそのうち、毛虫になる」 僕は「そげなはずがなかろうが!」(そんなはずはないでしょう、の意)と言い返したのですが、いとこ君は「いや、絶対になる」と譲りませんでした。 11年後、彼は京大工学部に進学しました。
不肖が福岡県大野城市立大野小学校2年生だったある日のことです。 学校から帰って、宿題の計算ドリルに取り掛かりました。 ページの一番上に 「次の計算の答えを書きなさい」 とあります。 「1リットル+2リットルは?」などといった問題が50問並んでいます。 「1リットル+2リットル」の「次の答え」とは何だろう。 「3リットルの次の答え。てことは4リットルだな」 こう考えた6歳の僕は、すらすらと問題を解いてゆきました。 「3センチ+4センチ」の「次の答え」は
はじめまして。 不肖と申します。 子供の頃から僕の周りには、とても面白い人たちが集まり、本当に面白い出来事が次から次へとひっきりなしに起こり続けました。 我ながらとても恵まれた、楽しい毎日でした。 福岡県大野城市の大野幼稚園に通っていた、1971年(昭46)のある日。 「大人になったら面白い話を紙に書いて、たくさんの人に笑ってもらおう」 と思い立ちました。 還暦も近づき、わが人生も佳境に入った今日この頃。 53年間温めてきた計画を、実行に移す日