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耳目鼻



「この砂浜でいちばん綺麗な貝殻見つけるまで帰らないから」
湿った砂粒がサンダルの裏に張り付いてシャリシャリと鳴く、しゃり  しゃり  しゃり
「聞いてんの?あんたも手伝ってよ」
しゃり しゃり

俺は煙草のまだ赤い部分をサンダルのへりで潰して、はい、これがこの砂浜でいちばん綺麗ですよ、と彼女へ差し出した
彼女は俺の顔を見ずに、俺の手の中を睨みつけた
もうだめだよ、こんな暗いのに貝殻なんて見つかるわけないよ
「貝殻拾ってよ、貝の、死んだやつ。ねえ貝って生まれた揺りかごから死んだ後の棺まで同じなのかな、素敵じゃない?穴開けて紐通してね、ネックレスにしたいの、ねえ、聞いてる?怒ってるの?」
拾って持って帰ったところで、明るいとこで見たらおまえはがっかりするんだ、がっかりした顔をするんだよ。何でもそうだよ、ねえ帰ろうよ、帰って猫、なんだっけアイツ、おまえの飼ってるいけ好かない三毛猫だよ、アイツの鼻にワサビ近づけて変な顔すんの見て笑いたいな、笑えないよね。

俺は砂を蹴った
「ねえ、これ綺麗じゃない?よく見えないけどきっと綺麗な色よ、もうひとつ欲しいの、巻貝の、あんたが見つけたやつが欲しい」

とんでもなく赤い星が見えた気がして顔を上げた。目の位置を変えても赤い星は動かない、星なんかじゃない、赤い、灯台の灯りだった、ちくしょうめ。俺はあいつが居たところに向かって何回も砂を蹴ったけど、あいつは知らんぷりをして波打ち際で拾った貝を洗っていた。さくさくと砂を踏んで戻ってくる

「貝探してくんないならさ、あの灯台を倒してみてよ。そうしたら許してあげる」
許すって?俺は許してもらわなきゃならないようなことをしてないのに。いよいよ腹が立って、立ち上がって、でも、おまえも泣きそうな顔だね。


俺は黙って灯台の根元へ行って、緩くカーブするその固くて白い壁を思い切りパンチした。


ゴウン


殴った点から頂上へ、頂点の赤い星にぶつかって一番底へ、低いような高いような音が回って跳ね返って、赤い星が一瞬点滅したように見えた。




もう帰ろう、貝殻なら、明るい時に拾いに来よう。ガラスの破片の、波で丸くなったやつも、おまえの好きなだけ拾えばいいさ


彼女の顔は見えなかった。
砂と潮でベタつく足で、足で、砂浜を歩く。階段を上ってアスファルトの道をペタリペタリと歩く。海から最寄りのガソリンスタンドの光がふわっと目に入った時、灯台の赤い星はもう一度点滅して、タン、と爆ぜた。

さよなら








どっかで聞いたことあるような話だ
どれが?どれもこれも
どっかってどこで?
どこでも、そりゃあもうママのお腹ん中にいた小さいおじさんが何回も、産まれた瞬間に隣にいたボロボロの犬が何回も、畑のスイカが何回も、団地の下の部屋に住んでたタイ人が、頭ん中に住んでるイギリス人が、スーパーでマヨネーズを漁るおばあさんが、公園を歩く汚いお兄さんの肩に乗ってる鷹が、お前ん家の猫が、何回も何回も何回も。
全部が?
全部が。質問ばかりするのをやめないか
どうして?
どうしても
どんな風にどうしても?
天国行きの切符を風に飛ばされたくはないよ、そのように。世界中の螺旋階段が引っ張り伸ばされてしまわないように、全ての詩の順番がバラバラにされないように、人が鍵の代わりに鍵穴を持ち歩かないように、抜いた歯から歯茎が生えないように。
すごい例えだね、私には分からない
僕も分かると思って言ったことはないよ
じゃあどうして?
どうしてそんな言葉を使うのかって聞くのは、どうして生きているのか聞くことと同じように残酷だよ
今度は分かりやすい比喩だね。意地悪と思わないでね、君はどうして生きているの?
僕は、僕の作った比喩だけで世界のミニチュアを作るために




破裂


お母さん、僕は運動をするべきだと思うんだ

運動?それはスポーツなの?

そうさ。バドミントンがいいと思うんだ

ユニフォームを着て、靴を履いてするものなの?

当たり前じゃないか、スポーツをしたいんだ。僕は素人にしちゃあよく動けるって、ちょいと練習すれば大会にも出れるって友達のお父さんが仰ったんだ。昔は何度も大会にも出たことがあって、体育の先生らしい。そんな人が言うんだ。ねえ僕は、やってみようと思う

嫌だわ、あなた本が好きじゃない。本を読みながら散歩したり、友達と河原で真似事をするくらいじゃいけないの?スポーツって私嫌だわ、日焼けをするし、大きい声を出したりするんでしょう?

お母さんのスポーツ嫌いはいけないな、そう邪険にしないでよ。日焼けするだなんて。バドミントンは体育館の中でもできますよ。僕はそう大きい声は出ないし必要ないよ。たまに河原でやるようなのはお遊びだ、もう少しまともにやってみたいだけ、それでも駄目と言うの?

そうよ、私スポーツって大嫌い。スポーツはセックスだけになさい

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