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相川弘道「SILENT NOISE」を読んで

こんにちは。
本当に本当に一応ですが、村上なぎ 改め 青井香帆です。
創作を頑張りたくて、筆名を変えてみました。

今日は、相川弘道さんの私家版歌集「SILENT NOISE」について、自分なりに丁寧に書いてみたいと思います。
では早速。

この歌集は、3つの連作で構成されています。
1つずつ読んでいきます。

SILENT NOISE

表題作であり、1つめの50首連作です。

その胸へあてがう手札のないぼくの思春期みたいなターンエンドへ

「SILENT NOISE」相川弘道

1首目の歌です。「手札」「ターンエンド」という単語から、カードゲームを連想しました。カードを出し尽くしてもうないのか、それとも出して有効なカードがないのか。相手に何かを伝えたいけど、術がない。そんな未熟さを詠う1首だと思いました。また、終わり(ターンエンド)から始まる連作というところが印象的でした。

ハイライトをむかしは吸っていたような眼で笑うのはちょっとさびしい

「SILENT NOISE」相川弘道

この歌のあたりから、主体が自分の中の「無意識」に気付きはじめるような描写が多くなった気がします。煙草の銘柄であるハイライトを、昔吸っていたわけではないのに、なぜか吸っていたようなふりをする。それを言葉で仄めかしたりするわけでもなく、そういった眼で笑ってみせる。そうする理由はないけれど、なぜか。私はここに、ノイズのようなものを感じました。

「月」と「蝉」

・籐椅子に腰かけたまま覗いたらその月にも置いてあった籐椅子
・「これからは付録でいいよ」 いつ蝉はそんな言葉を鳴けるのだろう

「SILENT NOISE」相川弘道

連作後半で現れるのが、この「月」と「蝉」のモチーフです。
月の歌は、「籐椅子に腰かけながら月を見上げたら、月にも籐椅子があった」と詠んでしまいそうなところ、籐椅子に座りながら何か(あえて、望遠鏡等に限定したくない。ふしぎな穴とか。)を覗いたら、覗いた先に月があって、またそこに籐椅子があるのが見えた、というかなり奥行のある1首です。蝉の歌は、一読では理解できないような、文脈が気になる台詞を蝉が言っている。そんな言葉を話せるようになるには、どれぐらいの月日が蝉に必要なのだろう。そもそも、まずは、言葉を話せるようにならなければならない。蝉は七日間ほどしか生きられないのに。

恒久的な月と、限定的な蝉。この一対を探して読むのも楽しいですよ。

Marching March

2つめの連作です。早速だけど"Marching March"って何だろう。言葉遊び以外の理由を、自分なりに見つけてみようかな。

「Marching Marchを追って」

花冷えに騙されてみても Marching March むず痒い海への遠さ

「Marching March」相川弘道

まずは連作のタイトルが詠み込まれた歌です。花冷えって、春になって暖かくなると思わせておいて寒くなるから、意識をかく乱される感じがありますね。それが、騙されるという感覚なのかな。でも、たとえ騙されても"Marching March"。"Bless you!"みたいな、ちょっとの災難を、縁起のいいものに変える言葉にも聞こえます。

「銭湯のあとにタバコが吸えるなんて。ダーリン、うちはしあわせだっちゃ」

「Marching March」相川弘道

こんなアプローチの歌もあります。「ダーリン」「うち」「だっちゃ」と来たら、あの鬼娘でしょう。笑 銭湯から上がってからゆっくりと過ごす時間。それは夏でも冬でもなく、気候のいい春だからこそできる時間の使い方だと思います。これも、"Marching March"かな?春らしさを、こんな形で描くのが面白いですね。全体的に、春の暖かさと肌寒さを感じる、ふしぎな季節感のある連作だと思いました。

ここでテーマを外れ、少し自由に書きます。

・かみなりは雲の私語。だとしても撃て。きみのきみによるBATTLE FRONT
・獣神化 死の床のぼくが踏み越えるヘルマン・ヘッセのまぶしい峠

「Marching March」相川弘道

目に留まった2首です。1首目の「かみなりは雲の私語。」にまず惹かれました。自分のためだけの闘いなのに、「だとしても撃て。」と己を奮い立たせている。2首目も気になる。「獣神化」と「ヘルマン・ヘッセ」は普通取り合わせとしてありえないでしょ。自分には作れない歌だなと思うので、大切に覚えておきたいと思います。

待たせてる犬

最後の連作です。3つの中で、唯一これといったテーマを決めずに自由に編まれている連作のような気がしました。タイトルは、「待たせている犬」。犬小屋で、あるいはお店の前でリードでつながれて待っている犬を思わせます。そんな、ここにはいないものの存在を感じるように読んでいきたいと思います。

「犬の居ぬまに」

貝殻の奥の静けさを知るためになくした花の印のイヤホン

「待たせてる犬」相川弘道

上の句について、素直に「貝殻の・奥の静けさを・知るために」とも読めるが、「貝殻の奥の静けさを知るために」と一気に読むこともできる。何かをするための理由という意味であれば、一気に読んだほうが切実さが伝わる気がする。「貝殻」を知るためには、「花」を捨てなければならない。その因果関係は分からないが、なにかを犠牲になにかを知るという意味合いで読めば、十分美しい歌だと思う。

それはひどく曖昧な月で心臓の女児が「えうれか」「えうれか」と言う

「待たせてる犬」相川弘道

いつもは夜空に出ていることが当たり前の月が、その姿を滲ませるように、曖昧に光っている。心臓の女児とは、主体の心臓に棲んでいるのだろうか。その女児が、まるで子供が覚えたての言葉を繰り返すように、発見を表す言葉である「えうれか」を無邪気に繰り返している。大人たちの不安を煽るような、すこし不吉な始まりの、物語のような1首だ。

以上が、連作3つに対する感想です。


【おまけ】キモ読み
私にはこの歌集で、どうしても気になってしまう歌がありました。

ちがうちがう灯台じゃなくて詩じゃなくて彼からもらった冷蔵庫です。

「SILENT NOISE」相川弘道

灯台でも詩でもなく、冷蔵庫。詩のような抽象的なものじゃなくて、灯台のように、目印にはなるけれど遠い存在ではなくて。家電という実用的な、かつ食料を保存するための、直接命や心を守るためのもの。生きていくために必要なものをくれる彼が、そして生活感が、なんともいえない暖かさを感じさせてくれる歌です。

ここからがキモ読みだッ!

ご存じの方もかなり多いと思いますが、相川弘道さんは、以前カミノシュウヘイさん(現在は「トワイライト渚」で活動されています)とコンビで、「キズマシーン」として活動されていました。ということは、ここでいう「彼」とは、長らく苦楽を共にしたカミノさんのことではないでしょうか。あえてあっさりと言うことで、余計に親しみが溢れてくるような感じがします。そう感じませんか???そうですよね??その辺り実際どうですか???
……以上、キモ読みでした。失礼いたしました。

それでは、そろそろ終わろうと思います。
最後にもう1首、紹介します。

ひとの暗夜へぎこちなく星を打つ手つき/プロトタイプのタイプライター

「SILENT NOISE」相川弘道

誰かの暗い夜に、そのひとを起こさないように星を灯すこと。試験的で、まだ慣れない手つきで文字盤を打つタイプライター。その不揃いな、愛おしい音が重なり合って聞こえてきます。100首の中で、この歌が一番大好きです。

相川弘道さんのnoteです。

めっちゃ話変わるけどこの記事を書いている最中パソコンの時計が止まってました。パソコンの時計は止まっちゃダメだろ。シンジラレナ~イ。

<おわり>

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