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マレーシア語とインドネシア語②微妙に違うその綴り

 前回の記事で、マレーシアとインドネシアで同じ意味なのに違う単語の例をいくつか紹介させていただきましたが、今回は同じ単語で同じ意味、だけど微妙に綴りが違う単語たちを紹介したいと思います。

もう既に「違う」その単語

 このシリーズではマレーシア語とインドネシア語の違いについて説明しているわけですが、もう既に違う単語があります。そう、このシリーズのテーマたる「違い」は、マレーシアではbeza、インドネシアではbedaと書きます。

 「マレーシア語とインドネシア語の違い」と言いたければこのbeza/bedaに共接辞per-/-anをつけて、

 Perbezaan/Perbedaan bahasa Malaysia dan bahasa Indonesia

 と書きましょう。当然、発音も変わってきます。文字通りマレーシアでは「べざ」でインドネシアでは「べだ」です。マレーシアでbedaと言えば「お前はインドネシア人か(笑」と突っ込まれ、インドネシアでbezaと言おうものなら「なに言ってんのbedaだよ」なんて言われるだろうと思います。

 そもそもなぜこういう違いが生まれたのかといえば、マレーシアではジョホール、インドネシアではリアウの方言を規範にしたからというのがありますが、おそらくその辺で使われていた語の違いじゃないかと思います。古いマレー語の資料を読んだことはないですが、マレー半島で残されている文書であればbezaなんじゃないかなあと思ったり。とにかく、「違う」という単語からして既に違うわけなのです。

おさらい

違い=馬:beza 尼:beda

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 インドネシアはバンドンの青空書店。マレーシアにもインドネシア語書籍はたくさんあるので、意外とperbedaanを知っている人は多いのです。

ちょっと試してみたいとき

 マレーシアやインドネシアに行くとpasar(市場)を巡りたくなるものです。もしくは友人知人に買って帰る土産物を探しに土産物屋さん街に出かけたり。そんなときにちょっと味見したり試着したりしたいものですね。

 マレーシアであればmahu cuba、インドネシアではmau cobaなんて言ってみましょう。cuba/cobaは英語でいうところのtryで、mahu/mauは~したいという意味。つまり「試してみたい」くらいのかんじです。

 mahu/mauはインドネシア側が正書法を制定するときにhの音を落としただけ、という感じではあります。実際、マレーシアでも会話レベルではmauと言っているように聞こえることも少なくありません。hの音は意外に体力使うんです。インドネシアにはこういったかんじで、hの音を落としているパターンが少なくないです。

 たとえば「端っこ」はマレーシアではhujung、インドネシアではujungと綴ります。これにかんしていえばマレーシアでは「ふじゅん」と発音されているので、実会話レベルでhが落ちるかどうかは語次第みたいなところがあったります。

 「~だけ(英語のonly)」もマレーシアではsahaja、インドネシアではsajaとか言ったります。もっとも、sajaにかんしてはマレーシアでもsajaと綴ったり発音されることはありますし、この語にかんしていえば会話レベルではさらに省略されるのですが、それにかんしてはまた後日。

 そしてcuba/cobaも、マレーシアのほうは口をすぼめる必要があるのに対し、インドネシアではそんなに体力を使わずに発音できます。こういった例もまた少なくなく、たとえば薬のことをマレーシアではubat、インドネシアではobatと言ったりします。

 さて、以上に紹介した語をくっつけて無理やり文章を作ってみると

 mahu cuba ubat hujung sahaja(マレーシア)

 mau coba obat ujung saja(インドネシア)

 ですかね。「端っこの薬だけ試してみたい」なんていつ使うねん、みたいな話ですが、無理やりくっつけてみました。尚、より正確に表現するならsaya mahu cuba makan ubat di hujung itu sahajaとかですかね。はい。

おさらい

試す=馬:coba 尼:cuba

~したい=馬:mahu 尼:mau

端=馬:hujung 尼:ujung

~だけ=馬:sahaja 尼:saja

薬=馬:ubat 尼:obat

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ジャカルタの華人経営の薬局。こんなところでさっきの例文、使えますかね?

説明するのにひと苦労

 英語ではbecauseという便利な単語があります。これを使えば「このあとは理由を述べているんだな」とわかる便利な単語ですが、マレー語にも同じような用法の語があります。マレーシアではkerana、インドネシアではkarenaと綴るのがそれです。マレー語の記事を発見したときにマレーシアかインドネシアのものかわからないことがあるのですが、だいたいこの語で判別できることが多いです。

 この記事は「こんなかんじで微妙に違う語彙がちょろちょろあるよ!」という紹介ですが、マレーシア語とインドネシア語を比べたときに、構成する子音は同じなのに母音が違うという例が少なくないのです。

 「健康」はマレーシアでsihatでインドネシアではsehat。といいます。先に紹介した文章と併せると

馬:Saya tidak sihat kerana saya cuba makan ubat di hujung sana.

尼:Saya tidak sehat karena saya coba makan obat di ujung sana.

 どちらも「はしっこにある薬を試したので体調が悪いです(健康ではない)」という意味になりますね。

おさらい

~だから=馬:kerana 尼:karena

健康=馬:sihat 尼:sehat

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マレーシアの大学構内。雨に打たれると風邪をひきやすいので注意!

khの区別の仕方

 マレーシア語、つまりマレーシアのマレー語を学習しているとときどき出てくるkhから始まる語彙。アラビア語由来の語彙によくみられるのですが、マレーシア語ではkhでも日本語でいうところの「カ行」のような音と「ハ行」のような音になることがあります。
 音声学的に言えば無声軟口蓋破裂音と無声軟口蓋摩擦音になりますが、そんなもんよくわからんと思うので前者はカ行、後者は喉奥をこするような音でハ行のような音を出すと思ってください。

 マレーシアではどちらもkhで表されますが、どちらの音なのか簡単な見分け方があります。インドネシア語を覚えればいいのです。そんな余裕ないですよね。すみません。でもインドネシア語から入った人がマレーシアのマレー語を学ぶときはここに関しては余裕です。インドネシアでkhが来た場合はほぼ確実に無声軟口蓋摩擦音、つまり「喉音をこするようなハ行の音」が来ると思えば確実です。

 例えばマレーシア語やインドネシア語の有名な挨拶表現でApa khabar?ということばがあります。「ごきげんいかが?」という意味ですが、インドネシアではApa kabar?と綴るのです。つまりマレーシアでkhabarと出てきたときは「かばー」と発音すればいい、ということになるのです。ちなみにkhabar/kabarは「便り」とか「知らせ」という意味で、マレーシアで新聞のことをsurat khabar(直訳すると「便りの手紙」)と呼ぶことは前回の記事で紹介しました。

 同じような例に「木曜日」はマレーシアでHari KhamisですがインドネシアではHari Kamis※曜日に関する語彙は大文字から始めます。、「テント」はマレーシアでkhemahですがインドネシアではkemahになります。これらはすべてアラビア語由来の語彙です。すべて「かみす」とか「けまー」みたいなかんじで発音すれば完璧です。

 違いではないですが、例えば「特別」という語はどちらもkhas、「サービス」はkhidmat、(モスクなどでされる)説教はkhotbahで、いずれも無声軟口蓋摩擦音、つまり喉をこするような「ハ行」で覚えておけば完璧なのです。

おさらい

便り=馬:khabar 尼:kabar

水曜日=馬:Hari Khamis 尼:Hari Kamis

テント=馬:khemah 尼:kemah

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クアラルンプールのLRT(地下鉄みたいなやつ)の早朝利用割引案内。「サービス」は先ほどのkhidmatに共接辞Per-/-anをくっつけてPerkhidmatanと表記することが一般的です。

その他の微妙な違い

 こんな微妙な違いは山ほどあるのですが、そのなかでもいくつかよく使いそうなものを紹介していきましょう。

 Khamis/Kamisを出したので曜日関係でいえばこういうのがいくつかあります。

月曜日=馬:Hari Isnin 尼:Hari Senin

金曜日=馬:Hari Jumaat 尼:Hari Jumat

 ほんとうに微妙な違いなのですが、おそらくアラビア語由来の語彙をどれだけアラビア語に近づけるのか、マレー式の発音でいくか、の違いかと思います。ちなみに日曜日はマレーシアがHari Ahad、インドネシアがHari Mingguと語彙自体が変わってきますし、マレーシアでもHari Mingguを使うことがないわけでもないのです。

数字の8=馬:lapan 尼:delapan

 インドネシアでも会話レベルではlapanを使用していることはありますが、正書法ではdelapanが正解です。ちなみにインドネシア語の数字は

1:satu 9:sembilan

2:dua 8:delapan

3:tiga 7:tujuh

4:enam 6:empat

5:lima

とぐるっとまわっていけば語頭の文字が同じで覚えやすいというすごく具合のいい言語なのですが、マレーシアでは8がlapanになるのでこれが崩れてしまいます。

お金=馬:wang 尼:uang

 マレーシアでは半母音化して一音節にまとめています。

即ち=馬:iaitu 尼:yaitu

 こちらはインドネシアが半母音にまとめている例。よく使う語彙ですが、こういう微妙な差異でどちらの言語で書かれた文章なのか判別がつくのです。

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マレーシアの海外送金屋。ほぼ同じ言語だと思って油断してwangと書いてますが、インドネシア向けには正しくはuangです。

微妙な違いを楽しもう

 マレーシア語を勉強してインドネシアへ、もしくはその逆を行くと、微妙な違いが多くて混乱することがあります。ちょっとした簡単な文章でもこの違いが目立つので、知らないと間違いではないかとか先走って思うことだってありますが、お互い歴史的な経緯や国の方針から微妙に綴りが違っている、というだけの話なのです。

 せっかくマレーシア語、インドネシア語といったマレー語を基とする言語を学習するのなら、こういった微妙な違いを見つけてみるのもひとつの楽しみ方なんじゃないかと思います。この微妙な違いが、互いの国が歩んできた歴史や国の方針などを暗に示していることもあったりするのを見つけると、もっともっとこの違いを知りたいという気持ちになるかもしれません。たぶん。

 そんな歴史や政治が語彙の違いの真骨頂として、次回は西洋由来の外来語について解説したいと思います。

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マレーシアの花まつりで走っていた無料ミネラルウォーター配布車両。花祭りもマレーシアではWesak、インドネシアではWaisakです。

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