弱く、強く、冷たく、熱く、美しい

 それはもしかするととても大きな思い違いかもしれないね、と真琴さんは少し悲しそうに答えた。彼女は決して自分の職業を明かさないけれども、何か大きな金の動くような仕事をしているようでいつもみんなに振る舞い酒をしては、語り明かした。僕は知的な彼女の語り方がとても好きで、酒場で出会うたびにいくつかの質問をしていた。いい質問だね、とか、その観点はなかったな、と言われるのがとても嬉しかった。今回もとてもいい質問だと思ったのに、違った。真琴さんは美しい顔をしているから、(僕の周りには美しい人がとても多い。男と女の別なく。)悲しそうな顔がよく似合う。

 強い人はどれくらい優しく穏やかに接しても、弱い人の味方にはなれないし、弱い人はどれくらい努力しても強い人の味方にはなれない、と真琴さんは言った。

「強い人はどうしたって隠し果せない鋭さや賢さが顕れているし、弱い人にはどうやったってその脆さや苦しさが顕れているものなんだよ。それは大は小を兼ねるとは別の話なんだ。強いと弱いは別の方向にあって、強いから弱いを包み込めるとは限らない」

 彼女はまるで自分自身の話をするように右上の方を見ながら、すべての悲しみを集めたみたいに話した。それからグラスのバーボンを飲み干し、僕の分と合わせて二つのグラスを求めた。

「強い人は勘違いしがちだけれどね。強い人たちは、弱い人を守れると思っているし、弱い人よりも穏やかにいることができたりすると思っている。彼らはせっかちだからすぐ答えを欲しがる。彼らには花を眺めてああ綺麗だとか、いい香りだとかいう感性はなくって、ただ花の名前とエロティックな花言葉にしか興味がないの。バーボンはとてもいい香りがするし滑らかな舌触りだし、とっても素敵な飲み物だけれど、彼らはきっと、そのバーボンの名前にしか興味はないの。だけど、そうやって生きている多くの人たちはとてもとても強い人たち。興味があるふりをして、守るふりをして、他人に興味がない、本当は後ろ手で弱いものを殴っている、それが、彼ら」

「ねえ、何かあったの? 真琴さん、具体的な話を教えてよ」

 僕がそう言った時、世界が終わってしまったように真琴さんはグラスを倒し、ひたひたと床にウィスキーがこぼれた。彼女の綺麗な太ももに乗った大きな氷が燃えるように彼女の目を反射した。

「君はとても強い人だね。うん。まっすぐに、そうやってまっすぐに生きていくといい。それはいいとか悪いとかの話ではないんだよ。君は日本の空みたいにまっすぐだ。だけれど一つだけ気をつけるんだよ。君は弱いものの味方にはなれない。それはもう決まっていることで、もし間違えると大変なことになる。すべての味方にはなってはいけないんだ。君は、強い人たちの味方として、まっすぐ生きていきなさい」

 彼女はきっと、とても弱い人なのだろう。
 僕が店の出口に向かった時、真琴さんの背中は小刻みに震えていて、まるで世界中の悪意から隠れているみたいに見えた。

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