そよ風の町2

「だって、最高のスープだもの!町の人でリュネおばさんのスープを飲まない人なんていないと思うよ!」


「今度、リュネさんに直接感想を言ってやるといい。喜ぶぞ!」


母さんが居なくなってから今年で十年。

僕が母さんと過ごしたのは、たった四年だった。

けど、間違いなく、三人で過ごしたあの四年間は、一生の宝物。母さんは穏やかで優しくて、よくお話をしてくれたのを覚えてる。母さんは「この町の秘密」だと言って風のお話をしてくれたんだ。


ーこの町にはね、風さんが住んでいるのよ。だからこの町にはいつも風が吹いているの。町の皆が良い人ばかりだから、風さんも安心してすごせるんですって。ハル、よーく耳を澄まして風の音を聴いてごらんなさい。風さん達は、いつも私たちに素敵な歌を聴かせてくれているの。優しくて、とっても心地いい歌声よ。悲しい時や、寂しくなったときは耳を澄まして...。


母さんは、この町にいつも風が吹いているのは風が住んでいるからだと言っていた。優しく吹き付ける風は、歌声だともいっていた。本当は僕のために作った嘘のお話なのかもしれない。でも僕は、今でもそのお話を信じている。実際に歌声を聴いた事はないし、何度聴いても風の音は同じだけど、それでも僕は信じていた。信じることで、どんなに距離があっても、母さんと僕を繋いでいてくれるような気がするから…。


ー サアアァァァ…


急に、突風が吹いた。父さんが添えた花束が崩れ、舞い上がる。


「花っ、拾わなきゃ!」


この町に、こんなに強い風が吹くなんて…!舞い上がり、あちこちへ飛んでいく花を僕は追いかけた。


「父さんも花拾って!せっかくの花が台無しに……父さん?」


父さんがいない。辺りを見渡しても父さんの姿は見当たらなかった。


「うわっ。花があんな遠くまで!」


父さんがどこにいるのか分からないけれど、多分、僕より先に花を追いかけていったのだと思う。取り敢えずそう思うことにして、どんどん遠くへ飛ばされる花を追いかけることに集中した。捕まえても捕まえても、花はまだ舞っている。


「待って。父さんの気持ちを持っていかないでっ。まっ…」


僕は花を追いかけることに夢中になり過ぎていた。

花ばかりを見ていて、気が付いたときには崖を飛び出してしまっていた。一気に下へと引っ張られていくのがわかった。僕は落ちていく恐怖で、いつの間にか、花を手から離してしまったらしく、僕の後を追うようにして花が降ってくる。怖くて、信じられなくて、涙なんかでなかった。今、僕になにが起きているのかということを、僕の頭は受け入れてはくれなかった。落ちている、ということが人事のような気分。でも、恐怖の中にいるのだけは確かだった。


「助けてっ!」


無意識に、心の中の叫びのひとつが口から飛び出していた。

そして、それを合図のようにして、ブワッと下から強い風が吹き上げたかと思うと僕の周りを包み込むように、穏やかな風へと変わっていった。僕も、花も、落ちるのをやめていた。そればかりか,少しずつ、上昇している。

一体、なにが起きたのだろう…。僕の思考回路は、崖から落ちた瞬間から空回りばかりしていて、さっぱり働いてくれない。今、僕は落ちていない。かろうじて理解できたのは、それだけだった。

………ル……
ハ……ル……
ハル……

「え?今…」


でも、まさか。そんなこと有り得ない。人の声がしたような気がした。


それも、母さんによく似た声。


ハル……ハル…


やっぱり、声がする。


「母さん!母さんなの?」


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