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去年コンクール応募した『湖畔の妖精』

アニメ『湖畔の妖精』

西村朋子

アリサ(15) 子爵令嬢
ニケ(17) 妖精の少女
ギル(28) 骨董品屋
メアリ(30) アリサの姉
ジョン(40) メアリの夫
ターナー(70) 神父
ニンフA
男妖精1
町人1
町人2
老人
配達員
馭者
事務員
音楽隊
村人
農夫1
農家の女

アリサは両親を亡くし、一人で屋敷に住んでいたが、姉のメアリとその夫ジョンが屋敷を出るよう告げるので、つらい日々を送っていた。
 そんな折、アリサは湖で、妖精の少女ニケと出会う。
 アリサは骨董品屋のギルに、高等学校を受験して、寄宿舎に入りたいと思っていることを話すが、そこにメアリとジョンが来て、強引にアリサを連れて行こうとする。そのときニケが現れ、ジョンの腕をねじり上げる。ニケはジョンを殴りつけ、アリサを助けてくれた。そのときギルは、ニケだけ鏡に映っていないことに気づく。アリサは店を飛び出し、泣き叫んで理不尽な姉を罵る。追ってきたニケはアリサを慰めてくれた。
翌日、アリサが湖にやってくるとニケが泳いでいた。ニケは女の子なのになぜか男の子の口調で話した。二人は水遊びをするうちに心が打ち解けてくる。アリサは自分の身の上をニケに打ち明ける。ニケは「僕と湖の向こうの世界で暮らそう」と誘う。ニケはアリサに恋心のようなものを持ってしまったのだ。
そんな時、アリサは高等学校に合格した。しかし、寄宿舎に入るには保証人がいる。アリサは義兄のジョンに、「保証人になってほしければ抱かせろ」と迫られ、拒否して自分の館に戻ってくる。そこにはニケが待っていた。アリサはニケに抱きついて涙する。ニケはアリサを妖精の世界へ連れて行こうとするが、ギルが駆けつける。ギルはアリサが妖精の世界に連れていかれるのではないかと不安を感じて追ってきたのだ。ニケは邪魔されたくないと思い、ギルを殺そうとする。だがギルの十字架を恐れたニケは姿を消す。アリサはニケを探して湖に飛び込む。アリサを湖の底に引きずり込むニケ。ニケは「妖精の世界に行こう」と言い、アリサはニケに身を預けようとする。だがギルの言葉で、アリサは「大切な人が変わっていってしまっても、世界を捨てることはできない」と気づき、ニケに別れを告げるのだった。 


1 アリサの館・温室(10年前・夜)
ガラスの温室の中に、たくさんの白い星型の花々と実をつけたオレンジの樹。
(オレンジは花と実を同時につける)
その下で、アリサ(5)が手を伸ばす。
ランプが地面に置いてある。
アリサ「(実を取ろうと)む、む―――っ」
届かないのでぴょんぴょんジャンプする。
それでもかするだけで届かない。
アリサの後ろからメアリ(20)がひょいと
オレンジの実をもぐ。
メアリ「あなたはまだ届かないわよ、おちびさん(オレンジを渡す)」
優しく微笑むメアリ。
アリサ「(オレンジを両手で受け取り)姉さま
……」
メアリ「さあ、もうお部屋に戻りましょう」
アリサ「(しょんぼりして)姉さま、結婚しても、
この樹のオレンジがなったら帰ってくる?」
メアリ「(優しく微笑んで)ええ、必ず毎年、オレ 
ンジの白い花を飾りましょう。そしてこの樹の
オレンジを食べましょう」
メアリがランプを持ち、アリサの手を引
く。
アリサ「(脇にオレンジを抱え)ほんとう? ほん
とに姉さま、この家のこと忘れない? 毎年
必ず一緒にオレンジ食べれる?」
メアリ「ええ、忘れるわけないじゃない」
アリサ「絶対だよ!」
アリサとメアリ、手をつないで館の中へ。

2 妖精の世界・湖畔(現代・夜)
満天の星空。
湖に多くのニンフの少女、少年たちが戯れ
ている。
ニンフたちはみな銀髪。
水で馬と輪を作りくぐらせて遊んでいる。
背中に薄絹のような羽のあるニンフも。
長い銀髪を後ろに束ねたニンフの少女ニケ
(17)(少年のよう)、胸元の開いた、布を
腰で縛った服。
背は高めで胸のふくらみは薄い。
ニケの許に男子妖精3人が来る。
男妖精1「ニケ、森の奥で遊ばない?」
ニケ「(横目で見たあと視線をそらし)嫌だ」
男妖精1「何でだよ」
ニケ「僕、男の子に興味ないから」
  一瞬、ムッとする男子妖精3人。
男妖精1「女のくせに男の言葉使って、変な奴」
  と、3人去っていく。
ニケ「(ポツリと)僕って変なのかな……?」
サワサワと木々の夜風に揺れる音。
水辺で楽しそうにじゃれあっているニンフの
少女たち。
離れたところから一人、眺めているニケ。
ひゅうっと強い風がふき、ニケの髪がたなび
く。雲一つない星空からポツポツと雨がぱ
らついて、サアッと降り出す。
はしゃぎながら、楽し気に住処へと引き上
げていくニンフたち。
一人雨の中残っているニケ。
沖のほうをふっと見る。
黒い妖気が立ち上っている。
かすかな少女の泣き声。
ニケに気が付いた、大人びた顔立ちのニンフ
Aが声をかける。
ニンフA「どうしたの、戻らないのニケ?」
ニケ「泣いてる……助けてって、だれかが……」
泣き声にひかれるように、湖に入っていく。

3 湖底
わずかに淡い光が差し込む神秘的な湖底。
水草が美しい。
ニケ、湖底をゆるやかに泳いでいく。
太陽の光差し込む出口、光のほうへ。

T「湖畔の妖精」

4 森の中・湖畔(昼)
鬱蒼とした緑の木々。
森の細道を息を切らして走るアリサ(15)
黒髪の美しいロングヘア。
レースの夏ワンピースを着ている。
後を追って走る義兄のジョン(40)、茂みを
かき分けて逃げるアリサ。
ジョンは地元の名士といった背広にカフスボ
タン、太っている。
だが、茂みが開けた湖畔でついにジョンに追
いつかれる。
アリサの腕を掴んで抱き寄せるジョン。
ジョン「大人しくしろ、アリサ!」
アリサ「やめて!」
ジョン「言うことをきけ!」
アリサ「姉さんに言いつけるから!」
ジョン「信じやしないさ、へへ」
強引にアリサにキスしようとする。
そのとき、湖から激しい水音がして、水柱
が吹き上がる。
え?! と驚くジョン。
水しぶきがジョンを襲うように噴射。
ジョン「うわっ、うわ~!」
と、走り去っていく。
その場に呆然と座り込んでいるアリサ。
ニケが水しぶきを収めて湖に現れる。
ニケ「……大丈夫?」
アリサ、驚いてニケを見つめる。
アリサ「……あな、た……は……?」
ニケ「(微笑んで)ニケ」
湖からあがってアリサに顔を近づけ
ニケ「君の名前を教えて」
アリサ「……アリサ」
ニケ、目を閉じてくん、と匂いをかぐ。
ニケ「君、オレンジの匂いがする」
かあっと恥じらうアリサ、一目散に逃げて
行ってしまう。
その後ろ姿を見つめるニケ。
ニケ「(ポツリと)オレンジと……悲しみの匂い…
…」
目を閉じて息を吸うニケ。

5 アリサの館・前
瀟洒な、だが古びた館。
壁には緑の蔦が覆っている。
アリサ、扉を開けて飛び込んでくる。
肩で息をしている。
心臓の激しい鼓動の音。
アリサM「あれは何? 女神? それとも湖の妖
精?」
ふうっと息を吐いて心を鎮めるアリサ。
メアリの声「お帰りアリサ、お邪魔してるわよ」
アリサ「!」
ロングドレスを着た、姉メアリ(30)が待っ
ていた。
アリサ「メアリ姉さん……」

6 同・応接間
広い、少しくすんだ色味の応接間。
天井から蜘蛛の巣のはったシャンデリア。
革張りのソファと、紫檀の卓が置いてある。
壁際の台にレースのクロス、美しいユリ型の
ランプや、白磁の花瓶が飾られている。
温室につながる大きな開き戸のガラス扉が
ある。
メアリ「さ、ゆっくりお茶でも飲みながら話しま
しょう」
アリサの肩を抱いて入ってくるメアリ。
アリサに向かい、言い聞かせるように肩に
手を置き、
メアリ「ねえアリサ、前にも話したけど、子供の
あなた一人でこの館に住み続けるのはムリな
のよ」
表情が固くなるアリサ。
メアリ「私たちの家に住むのが一番いいのよ。だ
からもう、この館は引き払って」
アリサ「姉さんのところには行かない!」
メアリ「だってねアリサ、3人で一緒に暮らすの
が一番だろうってジョンも言ってるのよ」
アリサ「姉さん! 私はさっきジョン義兄さんに
襲われそうに……」
メアリ「(少し動揺して)な、なに馬鹿なことを言
ってるの」
アリサ「でも……」
メアリ「ジョンは一人切りで暮らしてるあなたを
心配してるわ」
アリサ「……!」
メアリ「とにかくね、じきにこの館は引き払うこ
とになるのよ、だからあなたも」
アリサ「嫌、姉さんたちの家で暮らすなんて絶
対に嫌!」
メアリ「(険しい表情になって)わがまま言わない
で頂戴。何度言ったら分かるの。もうお父様
もお母様もいないのよ」
アリサ「……姉さんは一人であのごろつきに貢い
でいればいい! 出てって! 出てってよ!」
メアリを玄関から押し出して追い出す。
息を切らし、ソファに座るアリサ。
部屋の高いところには父と母の遺影。
アリサ「(見上げて)パパ、ママ……」
額に手をかざしてふぅっと疲れたため息を
つく。
目尻の涙をこする。
視線を動かすと、応接間から温室につなが
るガラス扉から沢山の白い花と実をつけた
オレンジの樹が見える。(10年前よりいく
らか成長して大きくなっている)
アリサ「……」
ドアの外から声が聞こえる。
ジョンがやってきた。
ジョンの声「アリサは帰ってきたのか」
メアリの声「あなた! 聞いてちょうだい、アリ
サのわがままったら! 今度あなたからもき
つく言ってやってくださいな」
ジョンの声「ああ、若い娘をいつまでも一人には
しておけん。わかってるよ」 
アリサ「!」
アリサ、立ち上がり本棚から冊子を取り出
す。
『テオレーマ高等学校 入学案内』
温室の中に入り、庭側のガラス扉を通って
庭に出て、植え込みの崩れたところから道
に出る。
メアリとジョンが話し合っている脇道をこっ
そり通り抜ける。
そんなアリサをこっそり見ているニケ。
ニケ「……」

7 町
石畳の道に、人が行きかう往来。

8 骨董品屋・前
町はずれのすすけた外観のレンガ造り。

9 同・中
雑然とアンティークの椅子、机、棚にラン
プ、絵皿、陶器の人形などが並んでいる。
大きな鏡が立てかけてある。
栗色のくせ毛のギル(28)が帳簿を付けて
いる。
ギルは首に十字架をさげている。
ドアが開いて鈴が鳴る。
ギル「はい、いらっしゃいませ……アリサか」
アリサ「(伏し目がちに)……」
ギル「何かあったのか?」
アリサ「ううん……また姉さんと喧嘩しただ
け」
アリサ、年季の感じさせる椅子に座る。
棚に並んでいる、陶器で出来た、羽の生え
た妖精の人形を見ながら、
アリサ「……ねえ、ギルは妖精って見たことあ
る?」
ギル「(作業しながら)どうした、藪から棒に」
アリサ「湖でね、不思議な人に会ったのよ」
ギル「その子が妖精なのかい」
アリサ「妖精か、女神様か、そんなかんじだっ
たの」
ギル「教会で妖精や魔物の言い伝えを聞いたこ
とはあったがね」
  アリサが手にした冊子を見て
ギル「それは?」
アリサ「高等学校の入学案内よ。私、受験する。
 受かれば寄宿舎に入れるの」
ギル「やっぱり館を出るの?」
アリサ「ええ、姉さんたちと一緒に暮らしたく
ないもの。それにこの学校は得意な数学の配
点が高いから……(冊子をめくって)」
そこにメアリとジョンが入ってくる。
メアリ「アリサ、やっぱりここだったのね!」
ジョン「若い娘が男のところにしけこむとは感心
せん! 帰ったらたっぷりしつけてやる!」
アリサの腕を掴むジョン。アリサ、入学案内
を取り落とす。
奥から大きなゴールデンレトリバーが出て
きてジョンに吠え立てる。
ジョン「あぁ?! (ギルに)おい、この犬なんと
かしろ!」
アリサ「嫌! 放して、放してよ!」
ギル「(ジョンに)お客さん、店で荒っぽいことは
やめてくれ! ロイ、吠えるのはやめろ!」
だが、アリサを抑えるジョンになおも吠え
るロイ。
   ギル、扉の前に立ち、ジョンがアリサを連れ
て行こうとするのを押しとどめようとす
る。
ギル「とにかく落ち着いてくれ、あんたも!」
ジョン「関係ないやつは引っ込んでろ!」
  ジョンに突き飛ばされて背中からアンティー
  クの並んだ棚にぶつかるギル。
アリサ「ギル!」
その時、いきなり素早い動きでジョンの腕
をねじり上げる者がいた。
ジョン「い、いてててて!」
メアリ「あなた!」
ジョンの腕をねじり上げていたのはニケだ。
アリサ「(驚いて)!」
ニケとジョンに吠え立てるロイ。
ニケ、ジョンを殴りつける。
解放されるアリサ。
ジョン「お、女のくせに、おぼえてろ!」
メアリ「あなた、行きましょ! アリサ、私たちの言う通りにしなさいね!」
慌てふためいて出ていく姉夫婦。
まだニケを睨んで唸っているロイ。
ギル「……大丈夫か、アリサ」
膝をついてアリサの手を取り立たせようと
する。
拳を強く握って震えているアリサ。
ギル「アリサ……」
   ふっと立てかけてある鏡を見るギル。
   震えているアリサと、唸っているロイが映っ
   ているが、ニケの姿が映っていない。
   えっ?! となり、ニケを見る。鏡に映って
いないニケがアリサの傍にいる。
ギル「?!」
一人で立ち上がり店を飛び出していくアリ
サ。
ギル「! アリサ、まて!」
ニケ「!」
後を追うニケ。

10 道
雨が降っている。
石畳の道を走っていくアリサ。
後を追うニケ。

11 広場・噴水前
噴水の前で倒れこみ、石畳を叩いて泣き叫
ぶアリサ。
アリサ「姉さんの男狂い! 女馬鹿! なんにも
気づいてない大馬鹿!」
ニケの瞳に、雨に濡れて泣くアリサの後ろ
姿が映る。
ニケM「知ってる……この……ひとりで雨の中に
 いるかんじ……」
アリサ、再び石畳を拳で叩きつけようとす
る。
そのときニケ、ふわっとアリサを包むよう
にかがむ。
ニケ「泣かないで」
血の滲んだアリサの両の手に手を重ねる。
手の重なったところが神秘的に優しく光
り、傷が癒える。
アリサ驚いて、ニケを見つめる。
ニケ「……見て」
左の手のひらに、雨水で小さな羽の生えた
神秘的な仔馬を作り、アリサの左手を取
る。
仔馬、くるくる飛び回り、アリサの左手の
甲にとまる。
そのきらきらした美しさに思わず心奪わ
れるアリサ。
アリサ「あ……(感動して)」
小さな仔馬、アリサの唇にキスする。
そのまま雨空に飛び立つ仔馬。
そのあとを見上げるアリサとニケ。
ニケ「僕はいつもあの湖にいる」
   雨の中、そっと手を取ってアリサを立ち上
がらせる。
ふうっと姿が薄くなるニケ。
ニケ「次は君が僕に会いに来て」
ニケ、雨に溶けるように消える。
ぱしゃんという水音、足元に水たまり。
残されるアリサ。
アリサ「ニケ……?」
   と、いなくなったニケを探すように見る。
   少し離れたところで見ているニケ。
ニケ「アリサ……か」
   降りしきる雨。

12 骨董品屋・中(翌日)
ギル、考え込んでいる。
右手で首に下げている十字架を触りながら
鏡を見る。
映っていなかったニケの姿をよみがえらせ
る。
寝そべっているロイが映っている。
ギルM「あの子は……何者なんだ?」
ギル、頭を振る。
鈴が鳴り神父ターナー(70)が入ってく
る。
ターナーも首から十字架をさげている。
ギル「神父さま」
ターナー「お邪魔するよギル、手ごろなランプ
を探してるんだ」
ターナー、アンティークのランプを3つ見比
べ始める。
ターナー「まったく……お前がへそ曲がりじゃな
きゃ、教会でわしの後任になれたのに」
ギル「いまさら言ってもしょうがありませんよ、
俺は向いてなかったんです」
ターナー「相変わらず、恩師の気も知らんで(ラ
ンプを一つ手に取る)」
考え込んでいるギル。
ターナー「どうした、難しい顔をして」
ギル「神父さま……昔、教会で話してましたよ
ね、妖精や魔物のたぐい……人間を惑わすと
いう」
ターナー「ああ、お前が『非科学的だ』とかみつ
きおった話か(笑う)」
もう一つ別のランプを手に取り、
ターナー「妖精とはな、昔は神々の仲間だった。
だがその中で、悪さをする者がおった」

13 イメージ
ギリシア風の衣を着た古代の神々や女神た
ちが十字架を掲げた一群に追い立てられて
いる。
ターナーの声「それが排斥されて姿を変えられ
た、そんな言い伝えがある。人はそれを時に
妖精と呼び、あるいは魔物として恐れ……」

14 骨董品屋・中
ターナー「人間と姿の変わらぬものもおる。中
には人間に恋をして誘惑し、自分たち妖精の
世界へと連れ去ってしまうやつもおるそうだ」
ギル「恋をして誘惑? 魔物が人間に?」
ターナー「ああ。うむこれにしよう。このランプ
はいくらかね」

15 同・前
帰っていくターナー神父。
ギル「……」
町の人間が話している。
町人1「メックリンガー子爵家の家財が売りに
出されるらしいよ」
町人2「まあ、アリサお嬢様はどうなるんだろ
うねえ」
ギル、複雑な顔で聞いている。
ギル「アリサ……」
  机の上に置いてある、アリサが持ってきた
  入学案内の冊子を見る。

16 アリサの館・前
   ギル、鞄からアリサの入学案内を取り出
す。
ギル、呼び鈴を鳴らすがいない。
通りすがりの村の老人、
老人「なんだい、アリサお嬢様にご用かね」
ギル「あ、ああ、ちょっと届け物を」
老人「お嬢様ならたぶん、ほら、この小道の奥の、湖だと思うよ」
ギル「湖?」
ターナーの声が蘇る。
ターナーの声「人間に恋をする。そして誘惑して
自分たちの世界へと連れ去ってしまうやつも
おる」
深い緑の森へと、小道が続いている。
ギル「(不安)アリサ……」

17 湖の中
  水中にいるニケ。
  ニンフAが泳いでくる。
ニンフA「ニケ! いつまでも戻ってこないから心
配してたんだ」
  森から茂みをかき分けて来るアリサを見て、
ニンフA「悲しいオーラは、あの子からだったの
 か」
ニケ「可愛い子なんだ」
ニンフA「(からかうように)もしかして好きにな
った?」
ニケ「……救ってあげたい。僕の手で」
  ニケ、水面へ上がる。

18 湖畔・森の中
アリサが歩いてくる。
湖でニケが泳いでいる。
木々の初夏の緑が鮮やか。
アリサ「あの……この前は」
ニケ「来てくれたんだね」
アリサ「あなたは……」
ニケ「僕はニケ。さあ、きて」
アリサ、ちょっとためらってから、靴を脱い
で、湖に脚をつける。
かすかな水音。
アリサ「冷たい……気持ちいい……」
アリサの表情を見て、微笑むニケ。
アリサ、泳いでいるニケに、
アリサ「あなたはどこから来たの? ニケ」
ニケ「(微笑んで)この湖のむこうから」
アリサ「湖の……むこう?」
ニケ「それより湖に入りなよ、せっかく水が気持
ちいいんだからさ」
ニケ、少し強引にアリサの手を引っ張って湖
の中に引っ張り込む。
アリサ「きゃあ!」
ニケ「そらそらアリサ!」
歓声を上げてふざけあう。
水しぶき、ふざけあう声。
アリサ「(少し息をついて)懐かしいわ……昔姉
さんと水遊びしたのよ」
ニケ「姉さん……この前店で会った女の人?」
アリサ「昔はあんな人じゃなかったんだけどね」
ニケ、黙って聞いている。
アリサ「姉さん、結婚してからだいぶ人が変わっ
ちゃって……(うつむいて表情が陰る)」
アリサを見つめるニケ。
アリサ「なんで人って変わっていってしまうのか
な……まるで別の人みたいに」
ニケ「人間の心は移ろいやすいものだからね」
アリサ「でも、きっと私も悪いんだわ。私が弱そ
 うだからなんとでもなるって、ジョン義兄さん
に足元見られて」
ニケ「……なぜ? (不思議そうに) 君は何も悪
 いことはしていない。誰かに害を与えたわけで
も、罪を犯したわけでもない」
アリサ「え……?」
ニケ「なぜ、自分を責める必要があるの。悪いこ
とをしていないのなら、堂々としていればいい
のに。人間の女の子は、みんなそうなの?」
アリサ「(思わずかっとなって)そんな……わかっ
 たふうなこと言わないで!」
ニケ「だったら行こうよ、この湖のむこうへ」
  ニケ、アリサの手を取る。
アリサ「え……?」
  ニケの目が妖しく光る。
ニケ「僕と一緒に……妖精の世界へ……」
  湖底が淡く光りだし、ニケの長い髪が浮き上
  がる。
アリサ「(恐怖を感じて)……」
ギルの声「アリサ?」
   ハッとなるニケ。
アリサ、振り返る。
木々の茂みから顔を出すギル。
ギル「アリサ? ここで何をしてるんだ?」
アリサ「え?」
湖には誰もいない。
水面に水紋だけが立っている。
ギル「……誰かほかにいたのかい?」
アリサ「う、ううん」
水面を見るギル。
水紋は二つ。
ギル「(不安を感じて)……」

19 アリサの館・自室
   マホガニーの机と椅子、ベッドなど。
   大きなアーチ型の窓、少し古びたカーテ
ン。
受験勉強をしているアリサ。
ノートに数式や計算式など。
傍には高等学校の入学案内冊子がある。
受験票も。(ドイツ語)
アリサ「(ぽつりと)受かる。絶対受かって見せ
る」
  と、なおも勉強するアリサ。
  手を休め、フッと伸びをするアリサ。
ニケに言われたことを思い出す。
ニケの声「悪いことをしてないなら、堂々として
いればいい」
アリサ「そんなこと……簡単じゃないのに」
   そしてニケの妖しく光る目を思い出す。
ニケの声「僕と一緒に……妖精の世界へ」
アリサ「そんなの……ただの幻だわ……」
  再び、勉強を始めるアリサ。

20 同・前(翌日・朝)
   ギル、地味なスーツ。
呼び鈴を鳴らすギル。
アリサが扉を開ける。
アリサ「ギル?」
ギル「アリサ……いや、近くまできたんでね」

21 同・応接間
ギル「なあ、昨日は湖で……一人で何してたん
だい」
アリサ「……あのときは、ニケと一緒にいたの。
 この前ギルの店でも会った人」
ギル「!」
ギル、鏡に映っていなかったニケの姿がよぎ
る。
ギル「その子……何者なんだ?」
アリサ「わからない。でも、とても心の強い、優
しい人よ」
ギル「……」
アリサ「(ちょっと笑って)だいじょぶよギル、私、
勘はいいから、信頼できる人と気を付けたほ
うがいい人はピンとくるの。ジョン義兄さんな
んか私、初めて会ったときから受け付けなか
ったから。待ってて、お茶を入れるから」
応接間を出ていくアリサ。
ギル、鏡に映っていなかったニケを思い起こ
し、
ギルM「まさか……あの子が妖精?」

22 湖畔・森の中
ニケが湖にアリサを映して見ている。
ニケ「(ポツリと)可愛い……」
風が渡り湖面が揺れる。
波紋の中で悲しい顔のアリサが映る。
ギルも映る。
鋭い目で見つめる。
ニケ「邪魔者は消えろ」

23 高等学校・試験会場
多くの若者に混じって受験しているアリサ。
   解答用紙に円や直角三角形、数式で解答を
書き込んでいく。
声「やめ!」
  制止の声にペンを置くアリサ。
  フッと息を吐く。

24 同・前
  馬車で待っているギル。
  門から出てくるアリサ。
ギル「どうだった」
アリサ「(不安げに)出来たような……出来なか
ったような……」
 フッと苦笑するギル。
 馬車に乗るアリサ。
ギル「大事な話があるんだ」
アリサ「話?」
ギル「ああ。試験の結果がきたら話すから、すこ
し時間あけといてくれ」
   と、馬車を走らせる。

25 骨董品屋・中
ターナーとギルが話している。
ターナー「そうか、決心したのか」
パイプをふかしているターナー。
ギル「アリサが高校に受かっても、寄宿舎なんて
どのみち姉さんが了承するはずないでしょ
う。近いうちアリサに話してみます」
店の中を見回すギル。
ギル「こんな小さな店じゃ、アリサ一人雇おうに
も覚悟がいりましたが」
ターナー「決めたのなら急いでやれ。あの子もこ
こでお前と働けるなら道が開けるだろう」

26 同・前(夜)
扉に背中をもたれて、ギルとターナーの話
をきいているニケ。
ニケ「(ボソッと)アリサは僕が連れていくんだ…
…」
すうっと消える。

27 アリサの館・前(数日後)
曇り空。
アリサの自室にあったマホガニーの机と椅
子、 応接間にあった美しいユリ型のランプ、
白磁の花瓶などが運び出されていく。
メアリが大金を受け取っている。
アリサ「やめて! パパ、ママの形見なのよ、勝手
なことしないで!」
メアリ「(冷然と)この家はじき売りに出すのよ、
あなたに必要な家具は私たちの家で用意す
るんだから」
アリサ「姉さんなんて大嫌い!」
アリサ、館の中へ飛び込んでいく。

28 同・応接間
うなだれてソファに座っているアリサ。
ソファ以外は、ほとんど家具が運び出さ
れ、がらんとしている。
アリサ「っ……!」
   打ちのめされ、両手で顔をおおう。

29 同・前
メアリが馬車に乗って帰っていく。
メアリが帰ったのを見計らってジョンが館に
入ろうとする。

30 同・応接間
  扉を開けようとする音。
  はっと扉のほうを見るアリサ。

31 同・前
  扉を開けようとガチャガチャ音を立てている
  ジョン。
ジョン「ちっ、鍵をいくつもかけてやがる、アリサ
 の奴」
ターナー「おや、メックリンガー子爵家の婿殿
 ですかな」
   ジョン、ギクッと振り返る。
ジョン「あ、これは、神父様」
ターナー「いま奥様が帰られたところでしょう。
 義理の妹君が独りで暮らしているこの館にな
んの御用で?」
ジョン「あ、メアリのやつは先に帰ったんですか、
 いやこれは失礼」
   愛想笑いを振りまいてコソコソ帰っていく。
   苦々しい顔で見送るターナー。

32 同・応接間
   ジョンとターナーの会話が聞こえていたア
   リサ。
アリサ「パパ、ママ……私、どうしたらいいの?」
 温室のほうを見る。
 応接間からガラス扉を開け、温室の中へ。

33 温室・中
   オレンジの樹を見上げ、ニケに言われた言
葉を思い出す。
ニケの声「なぜ自分を責める必要があるの」
アリサ「……堂々と……」
ガラス扉を開ける音。
アリサ「(はっとして)ギル?」
温室の庭側のガラス扉から、ニケが入って
くる。
ニケ「……アリサ」
アリサ「……ニケ」
ニケ「このまえはごめん……君を……怖がらせ
た」
アリサ「……ううん。謝るのは私の方」
ニケ「……」
アリサ「あなたが言ってくれたふうに、考えたこ
となかったから……でも、どうしてここが分
かったの?」
ニケ「この温室のすきまから、きみと同じオレン
ジの匂いがしたから」
アリサ「(苦笑して)それほんとう?」
ニケ「(いたずらっぽく)好きな匂いはすぐ見つけ
ちゃうんだ」
ニケ、白い花と実をつけたオレンジの樹を見
上げて、
ニケ「大きなオレンジの樹だね」
アリサ「ええ……姉さんが嫁ぐ前は、家族みん
なで食べたわ」
ニケ「いまは? ここに一人なの」
アリサ「……高等学校の奨学生になれば、寄宿
舎に入れるの。(愛おし気にオレンジの花に触
れ)パパとママが亡くなって、貧しくなっても、
この樹だけは枯らしたくなくて……温室で世
話してきたけど、もう……この家はいずれ姉
さんが売ってしまうから」
ニケ「……」
アリサ「(くすっと笑って)私ね……初めて会った
ときから、あなたが妖精だったらって思ってた
の」
オレンジの樹に寄りかかって梢を仰ぎ見
る。
アリサ「亡くなったママがね、昔話してくれた妖
 精の国から……あなたがやってきたんだった
 ら素敵だなあって。あのころは……(樹になっ
 ているオレンジの実に触れる)」

34 回想(10年前)
   優しいランプの光に照らされた場。
メアリがアリサにオレンジをもいでくれる。
昔話をする亡きママ。
亡きママの膝に頭をのせて聞き入るアリ
サ。
座って優しく聞き入るメアリ。

35 温室・中
アリサ「姉さんも優しかったわ」
ニケ「(アリサを見つめて)……」
アリサ「あなたは?」
ニケのほうを振り返るアリサ。
ニケ「え?」
アリサ「あなたはどうして、湖のむこうから来て
くれたの?」
ニケ「……アリサ、妖精ってどんなふうか知って
る?」
アリサ「あなたが暮らしている世界ね」
ニケ「妖精の世界はね……悲しみや苦しみがな
い。時とともに誰かへの愛情がついえることも
ない……楽園で暮らしてる種族なんだ」
アリサ「楽園」
ニケ「そう。楽園。とこしえの」
アリサ「夢のようなことを言うのね」
微笑むニケ。
アリサ「(梢を見上げ)ほんとうにそんな世界が
あるのなら……誰かを怒ったり、大好きだっ
た人を軽蔑したりしないで済むのなら……」
ニケ、アリサを見つめる。
アリサ「でも、あなた、少しだけ嘘をついている
わ(寂しげに)」
ニケ「嘘?」
アリサ「だってね、妖精の世界であなたが本当に
 幸せで寂しくもなんともないなら……きっ
と、この世界には来てくれなかったわ」
 アリサもニケを見つめる。
アリサ「……せっかくだからオレンジの樹の下で
お茶にしましょう、待ってて」
温室から応接間に入るアリサ。
後に続くニケ、アリサの腕を取り、
ニケ「(こらえきれずに)アリサ、僕と一緒に
……」
その時、呼び鈴が鳴る。
はっとするアリサ。
アリサ「ちょっと待ってて」
走って扉を開けるアリサ。
配達員「お嬢様、書留です」
その場で開封するアリサ。
アリサ「……! 二ケ……!」
  ニケのほうを見る。
アリサ「(安堵して)高等学校に合格したわ……
わたし、寄宿舎に入れる……!」
   嬉しくて、震える手でニケの手を取る。
ニケ「(何かを考えて)……」
アリサ「すぐ、すぐに入学手続きに行ってくる
わ。(こみ上げてきて)そうだ、お祝いに、こん
ど一緒に町に遊びに行きましょうよ!」
ニケ「町……人間の町?」
アリサ「ええ、わたしが案内するわ! ああ、そ
 うだお茶にするところだったわ、待ってて。ギ
ルもそろそろ来るかしら」
ばたばたと小走りに台所へ走っていくアリ
サ。
ソファ以外、ほとんど家具のなくなったが
らんとした応接間に立っているニケ。
ニケ、ギルとターナーの会話を思い出す。
ギルの声「アリサに話してみます」
ギルがアリサを雇うとターナーに話してい
たシーン。
ニケ、きっと怒りの表情。
すうっと姿を消す。
アリサが盆に紅茶ポットとソーサー、ティー
カップを2つ乗せ戻ってきた。
アリサ「さ、お茶にしましょう……」
温室のオレンジの樹の下には誰もいない。
アリサ「……ニケ?」

36 道
曇り空。
石畳の道をギルが歩いてくる。

37 広場・噴水前
ポツポツと雨が降り始める。
空を見上げるギル。
突如すさまじい豪雨となる。
ギル「?! なんだ?!」
辺りを見回し、広場の中央の噴水を背に後
ずさる。
噴水から白い手が伸びて、引きずり込まれ 
るギル。
ギル「が、はっ……!!」
必死にもがくギル。
深い水の底に人影を見る。
笑っている銀髪の女の人影。(ニケ)
ギル「だ、れっ……だっ……!」
ギル、アリサの笑顔がよぎる。
ギル「アリサ……!」
その時首にさげた十字架が光り輝き、ギル
の体が水底から浮き上がっていく。

38 馬車
中から雨空を見ているアリサ。
白い帽子をかぶっている。
アリサ「ギル、どうしたのかしら? 合格したら
入学手続きのときには一緒に行ってやるって
言ってくれてたのに……」
少し落ち着かない様子。
アリサ「それに……話ってなんだったのかしら…
…ニケも……」
馭者「お嬢様、出ますよ」
雨の中、馬車が出る。

39 高等学校・教務課
アリサ「え……?!」
驚いているアリサ。
事務員「入学手続きは受け付けますが……寄宿
 舎に入るためには、親族のどなたかに保証人 
になっていただく必要がありまして」
アリサ「そんな……」
   愕然となるアリサ。

40 ホテル・メアリとジョンの部屋
メアリ「あなた一人で寄宿舎に入る?! 何言
てるの、許さないわよそんなこと!」
いきり立つメアリ、椅子に座ってニヤニヤ見
ているジョン。
アリサ「姉さん、話を聞いて」
自分の帽子を手に持って懇願するアリサ。
メアリ「黙りなさい、さんざんわがままいってあ
げく勝手に家を出て行くなんて!」
アリサ「姉さん! お願いよ」
ジョン「まあ落ち着け、メアリ」
メアリ「でもあなた」
ジョン「ちょいと席を外してくれメアリ、俺から
話してみる」
アリサ「!!」
メアリ「で、でも(ためらう)……」
メアリ、ジョンのあとにチラリとアリサの蒼
白な顔を見る。
ジョン「(強い口調で)メアリ、ここは俺に任せろ」
メアリ、委縮して肩をすぼめる。
メアリ「……ほんとうにお願いよ、あなた」
アリサ「姉さ……」
後ろを振り返ってためらいながらも出て行
ってしまうメアリ。
扉が閉まる。
ジョンと二人にされるアリサ。
ジョン「俺が保証人になってやってもいい」
ニヤニヤしながらにじり寄り、アリサを壁
際の隅に追い詰め、
ジョン「ただしそれは、お前が素直になったらの
話だ」
   ジョンがのしかかる。
   アリサ、ニケの言葉がよぎる。
ニケ「きみはなにも悪いことはしていない」
アリサ、ジョンの顔をおもいきりひっかく。
ジョン「って! このっ……」
部屋を飛び出すアリサ。
部屋の外で驚くメアリ。
メアリ「アリサ?!」
アリサ「(半泣きで)メアリ姉さん、見てよ!」
   アリサの服が乱れている。
   ジョン、引っかかれて血が出ている頬を押さ
   え部屋から出てくる。
メアリ「あ、あなた」
アリサ「これが……証拠よ! ジョン義兄さん
は、義妹(いもうと)の私にまで手をつけよう
とする悪党だわ!」
メアリ「……」
ジョン「ち、ちがうメアリ、アリサが俺を誘惑す
るからつい」
メアリ「―ほんとうに恥ずかしい子ね、アリサ」
アリサ「え?」
   メアリ、うつろにアリサを眺めながら、
メアリ「ジョンがあなたを心配しているのを逆手
 にとって、色目を使って……いやらしい。恥を知りなさい」
アリサ「……!」
   涙が溢れてくるアリサ。
   ホッとした顔になるジョン。
震え、よろめき、そして廊下をふらふら歩
いていくアリサ。
   背後から、
メアリの声「あなた、血が出てるわ、早く薬を」
   アリサ、耳をふさいで駆け出す。

41 道
寂しげな夕日がさしている。
馬車が静かな音を立てて走ってくる。
馬車のなかで帽子を目深にかぶっている
アリサ。
馬車が館の前で止まる。
アリサ、馬車を降りる。
下を向いているアリサに人影がかかる。
見上げると、
アリサ「ニケ……」
微笑むニケ。
ぽろぽろ涙がこぼれてくるアリサ。
ニケに抱き着く。
むせるように泣くアリサ。
優しく抱きしめるニケ。
そのとき響き渡る花火の音。
音楽隊「祭りだ! 今日は夏至祭りだよ!」
通りに祭りの音楽隊や、たくさんの人達が
祭りを見に騒いでいる。
ニケ、笑ってアリサの手を引いて祭りの中
へ。

42 農家の部屋
村人「息を吹き返したぞ!」
ギル、がばっと起き上がって周囲を見回す。
ギル、農家のベッドに寝かされている。
ギルの周りに何人かの農夫たちが集まって
いる。
羊や馬の鳴き声がする。
ギル「ここは……?」
農夫1「あんた、湖から川を流れてきたんだよ」
農家の女「よく生きてたねえ、その十字架のご加
護かね」
ギルの首にさげている十字架。
ギル、意識を失ったときのことを思い出す。
水の中から笑う銀の髪の女の人影(ニケの
顔)。
ギル「(はっとして)なあ、ここから町までどれく
らいかかる?!」
農夫1「町?! この村からは歩いてじゃとて
も」
ギル、農夫1に詰め寄り、
ギル「親父さん、馬を貸してくれ!」
農夫1「ええ?!」
ギル、馬小屋へと飛び出し、
ギル「金はあとで払う!」
馬に乗って走り出すギル。
ギル「アリサ……!」

43 道
ごった返しているにぎやかな往来。
果物の屋台、お菓子の店、ナッツの店など 
を見て楽しむアリサとニケ。

44 サーカス・客席
観客が客席から歓声・拍手を送っている。
空中ブランコの曲芸を見て歓声を上げるア
リサとニケ。
アリサ、拍手して立ち上がる。
火を噴くサーカスの団員。
大きな歓声。笑いあう。

45 道・森の中(夕方)
ギル、馬で必死に走る、走る。
ギル「アリサ……!」
アリサに微笑むニケ。
そのニケの顔と、ギルを水に引きずり込ん
だ人影の顔が浮かび上がる。
ギル「あの子についていってはだめだ!」

46 広場
夕空から夜空に変わりつつある空。
ワルツを踊る人々。
ニケ「踊ろう」
ニケがアリサの手を取ってワルツを踊り始
める。
かがり火が燃えるなか軽やかに踊るニケと
アリサ。
夜風に飛んで行ってしまうアリサの白い帽
子。
ニケ、左手を飛んでいく帽子にあわせて軽
やかに広げて、アリサに妖精の世界を見せ
る。
満天の星空。
銀の髪の楽しげな少女、少年のニンフたち。
豊かに実ったオレンジ、リンゴ、ぶどうを摘
む羽の生えた少女のニンフたち。
飛び回る青や白の小鳥たち。
湖で泳ぎながら語らう男女のニンフたち。
水でできた馬が飛び回る。
美しい花々、蔓草の緑。
アリサ「(見とれるように)……」
   アリサと踊りながら熱い目で見つめるニ
ケ。
ニケ「これが僕たちの世界……いにしえから人間
たちが求めてやまない……僕たち妖精が住ま
う楽園」
   踊りながらアリサの瞳、ゆっくりと幻惑さ
れるように。
ニケ「行こうよ……嘘なんかじゃない……一緒
 なら……」

47 道・森の中(夜)
   馬で必死に走るギル。

48 道(夜)
雨が降っている。
人通りのない道を雨にぬれて歩くアリサと
ニケ。

49 納屋(夜)
藁がたくさん積んである。
駆け込んでくるアリサ。
あとからニケも入ってくる。
藁のうえに座り込んで、肩で息をするアリ
サ。
ニケ、アリサの背をさする。
ニケ「大丈夫、アリサ」
アリサ「もう……もう」
藁の上に倒れこむ。
ニケが脇に座って見下ろしている。
アリサ「このまま、全部忘れられたなら……」
ニケの目が妖しく輝き始める。
覆いかぶさるように、ニケ、妖しい笑みを浮
かべてアリサを上から覗き込む。
アリサ「裏切者の姉さん……姉さんとあの男の
いないところに飛んでいけたら……」
ニケ、アリサを仰向けにする。
首筋に口づけながら、
ニケ「湖のむこうには、君のねえさんもだれもい
ない。おおぜいの仲間たちが待ってる」
アリサ「行ってみたいわ……」
ニケ「行こう、僕たちの住む楽園へ」
アリサ「行きたいわ……ああ……」
アリサを抱き起すニケ。
アリサ「ギル……ギルも一緒に来てくれたら…
…どんなに」
ニケの表情、凍る。
アリサ「ん……」
   ニケの腕の中で疲れて眠ってしまうアリサ。
ニケ「……アリサ……寝たの……?」

50 道(夜)
雨が降っている。
かすかな遠雷。
アリサを抱いて納屋を出るニケ。
ギル「待て。どこに行く?」
ニケ「!」
振り返るニケ。
ニケ「お前は!」
ギルが馬に乗って立っている。
馬から降りるギル。
馬はニケを恐れるようにいなないて逃げて
行く。
ニケ「(険しい顔で)……私の家に」
ギル「そっちは森と湖があるだけだ」
沈黙する二人。
ギル「アリサを返せ」
ニケ「なぜ?」
ギル「お前は人間じゃないだろう」
ニケの目が敵意で揺らめき始める。
ニケ「……この世界でアリサが幸せになれるとで
も?」
ギル「黙れ! アリサを返せ!」
ニケの目が光る。
ニケの体から妖気が立ちのぼる。
雨の水を操り、女の姿をした魔物を作る。
ギル「なっ……」
とぐろを巻く魔物。
ニケ「(凍てついた目で)お前がアリサに何をして
やれるというんだ」
アリサがニケの腕の中で目を覚ます。
アリサ「ギル……?」
   目の前でギルに襲いかからんとする魔物に
目を見開く。そしてニケを見上げる。
ニケの操る水の妖魔がギルに突進する。
アリサ「ニケ、やめて!」
ギル、とっさに首に下げている十字架をか
ざす。
雷がとどろき魔物がはじけ飛び、水しぶ
き。
ニケ「……!」
   ニケも水がはじけるように消える。
呆然と座り込んでいるアリサ。
ギル「アリサ、あいつは魔物だ!」
ギル、アリサの肩を掴み言い聞かせる。
ギル「分かったろう、あいつは人間じゃない! 湖
に人間を引きずり込む魔物なんだ!」
アリサ「(泣きながら)そんな……ニケは魔物なんかじゃない! 私の気持ちを分かってくれたわ!」
アリサ湖の方へ駆け出し、
アリサ「ニケ……! ニケ―――!」
ギル「アリサ!」

51 湖畔・森の中(夜)
雨が降っている。
雨の中、夢中で湖まで駆けてきたアリサ。
湖に来た。
湖に飛び込んでニケを探すアリサ。

52 湖の中(夜)
湖には誰もいない。
アリサ「ニケ! どこ?!」
答えるものは誰もいない。
アリサ「置いていかないで―――ニケ!」
泣き崩れるアリサ。
その時、湖の中から白い手が伸びる。
アリサを湖に引きずり込むニケ。
追いついたギルの目の前で。
ギル「アリサ―――!」

53 湖底
妖精の世界へと続く深い湖底でアリサを抱
きしめるニケ。
ニケ「行こう、僕たちの妖精の世界へ。なんの苦
しみも悲しみもない、互いの愛もついえること
もない世界へ」
アリサ、ニケを見上げる。
アリサ「ニケ……」
ニケに身を預けようとするアリサ。
ギル「アリサ! 戻ってこい!」
水面を見ると、ギルが涙を流して覗き込ん
でいる。
アリサ「ギル……!」
ギル「魔物の世界に行ってどうする―――どう
するっていうんだ! アリサ!」
ニケ「アリサ、聞かないで」
ニケ、アリサの耳をふさぐ。
ギル「俺たちを捨てるのか! たとえ変わり果
てていても、お前をはぐくんできたこの世
界の全てを―否定して捨てていくのか!」
一瞬はっと目を見開くアリサ。
よみがえってくる思い出。
×  ×
メアリと温室のオレンジを摘んだ子供のこ
ろ。(10年前)
優しく笑う両親、メアリ。(10年前)
花嫁姿のメアリに、泣きながらオレンジの
白い花冠を渡すアリサ。(10年前)
湖でメアリと水遊びをした夏の日。(7年
前)
アリサが興味津々で骨董品屋を覗き込ん
で、ギルが苦笑して扉を開けた、ギルとの
出会い。(7年前)
店に来たアリサを受け入れてくれたギル。
×  ×
ギルの暖かな笑顔が間近に迫る。
アリサ「ギル……」
ニケ「アリサ」
そのとき、抱きしめていたニケの腕が透け、
アリサを通り抜けてしまう。
ニケ「アリサ……?」
アリサ「だめ……私、行けない」
アリサの頬に一筋の涙。
アリサ「たとえ大切な人たちが変わっていってし
まったとしても……それだけでこの世界を…
…捨てていくことは……できない……」
ニケ、透けた左手でアリサの頬に触れよう
とする。
アリサ「ごめんなさい……ごめんなさい、ニケ…
…」
ニケ「(泣きながら)さよなら……アリサ、僕は
 ……君のことが……」
アリサ「え?」
ニケ「いいんだ、君がこの世界で幸せになってく
れるなら……」
だがすでにニケの声は届かない。
彼方へと去っていくニケ。
アリサ「ニケ……」
アリサ、光の中へ。

54 湖畔・森の中(夜明け)
アリサ、ギルに水辺へ担ぎ上げられる。
雨は上がり、朝日がさしている。
ギル「アリサ!」
アリサ「ギル……」
ギル「アリサ……」
アリサ「ニケは……行ってしまった……」
涙を流すアリサ。
黙ってアリサを抱きしめるギル。

55 ホテル・ジョンとメアリの部屋(数日後)
メアリ「ギルの店に住むですって……?!」
アリサ「ええ、もう決めたの、姉さん」
  メアリを見据えるアリサ。
  うろたえているメアリ、すがるようにジョン
  を見る。
  ギルが少し離れて立っている。
ジョン「ふん、そんなこと子供のお前が勝手に決
 められると思ってるのか?」
せせら笑うジョン。
アリサに引っかかれた頬は手当がしてあ
る。
   ギルがアリサの前に出る。
ギル「神父様が証人になってくれます。あんたが
妻の妹に手を付けようとしたことが露見すれ
ば、教会からは破門されて、破滅ですよ」
 ギョッとするジョン。
アリサ「……そのときは私も無傷では済まない
けど。それでも構わないと思っているのよ」
 ギル、メアリのほうを見て、
ギル「でもアリサは姉であるあなたのためにそこ
 まではしたくないんです。だから」
   震えているメアリ。
メアリ「アリサ……! そんな……」
アリサ「姉さん、ごめんなさい……私たちは離
れるのが……お互いのためよ」
アリサとギル、部屋を出ていく。
少し歩いたところで、ふっとアリサ、振り返
る。
   メアリは追ってこない。
ギル「……大丈夫か」
アリサ「だいじょうぶ。だって仕方ないもの」
  アリサの肩が震えている。
ギル「……つらかったろ」
アリサ「……ニケが教えてくれたから。悪いこと
 をしてないなら堂々としろって」
ギル「……ああ」

56 高等学校・校門(二年後)
   夏の日差し。
アリサ、講堂から出てくる。
少し大人びた顔立ちになり、落ち着いた紺
色のドレスを着ている。
右手に鞄を持っている。
アリサ「(明るく)ギル!」
ギル、軽く右手をあげて、
ギル「よっ」
アリサ「遅くなってごめんなさい」
ギル「構わんさ、お前が住み込みで手伝ってくれ
るようになって助かってる」
ギル、ふっと神妙な顔になり、
ギル「……お前の家は買い手が決まったらしい」
アリサ「……そう」
表情の陰るアリサ。

57 馬車・中
馬車に揺られながら、
アリサ「姉さんのところは相変わらず?」
ギル「ああ。手癖の悪い旦那を、年中追いかけま
わしてるって噂だ」
アリサ「あれでも姉さんにとっては幸せなのかし
らね……」
頬杖をつくアリサ。

58 かつてのアリサの館・前
   温室の中で、樹が白い花とオレンジの実を
つけているのが遠目に見える。
門の中へと、裕福そうな身なりの老夫婦が
嬉し気に入っていく。
通り過ぎるアリサとギルの馬車。

59 馬車・中
馬車の車窓から遠ざかっていく屋敷を見つ
めるアリサ。
ギル、そっとアリサを見る。
ギル「……今日は隣町の地主が、新居に引っ越す
から家具や調度品を引き取ってくれ、と連絡
がきた」
アリサ「……じゃあ、店には寄らないでこの小道
をそのまま行くのね」
ギル「ああ」
  馬車に揺られる音。
アリサ「私も変わったかしら」
ギル「ん?」
アリサ「あのころは、自分だけは変わらないって
 思ってたわ。周りだけが自分を置いていって、
 どんどん変わっていってしまうように見えて」
ギル「……みんなそうだよ。それであるとき、
 気づくんだ。自分も……いつのまにか昔の自分 
とは……違っていたことに」

60 森の中・小道
アリサ、窓の外を見ている。
ニケと出会った湖にさしかかる。
一瞬、アリサの目にニケの姿が見える。
思わず窓から顔を出すアリサ。
その時、ニケの声が甦る。
ニケの声「いいんだ。君がこの世界で幸せになっ
てくれるなら……」
だが、湖にニケはいない。
ギル「どうした、アリサ」
アリサ「ううん……」
遠ざかる馬車。

End

参考文献

『オレンジの歴史』(「食」の図書館)
クラリッサ・ハイマン著
大間知知子編
原書房
2016年7月26日頃発売

『ヨーロッパの祭りたち』
編著者 浜本隆志
      柏木 治
明石書店
2003年4月10日 初版第1刷発行


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