オキナワンロックドリフターvol.36

8月の沖縄旅行を決めたものの、私の心はぐらぐら揺れていた。
どうしよう。やはりキャンセルすべきだろうかと悩みまくった。
ワイアードさんとコウさんが共同運営しているサイトでは、8-ballが東京のイベントに呼ばれ、卓越したテクニックで司会者であるお笑いコンビを驚愕させ、観客を魅了した話で盛り上がったり、Hard Rock Summitというイベントに元コンディショングリーンのシンキさんが出演されるということでアルタイルさんとコウさんが観に行くということで掲示板は盛り上がっていたが、シンキさんの本土襲来レポは楽しみだったものの、他の人たちの温度差を感じ、空回りしていくのが自分でもわかった。
一方で、私の掲示板に新たに書き込みしてくださるテルさんがピースフルラブロックフェスティバルを観に行くということで、テルさんに、ジミーさんの演奏をしっかり観てはもらえないかとお願いした。もちろん!とテルさんが快諾されたので、私はテルさんのピースフルレポを楽しみに待った。
ピースフル当日。仕事が終わり、夕飯と風呂を終えてくつろぎながらテルさんの書き込みないし、メールを今か今かと待っていた。
テルさんからメールがきたのは深夜近い時間帯で、いつの間にかうたた寝し、メールの着信音で目が覚めた。
「いやー!JET良かったっすよ!イイね!最高!ジミーさんのギターも健在でした」
JETの公式サイトの掲示板もチェックしてみた。
すると、ピースフルが終わってから急いで書き込まれたのだろう。ファン複数名がJETの演奏を称えていた。
特に、「灼熱の、うだるような暑さのピースフル会場。ジミーが“Summer Breeze”を弾いた途端に爽やかな風が吹き抜けた」という書き込みは私の心を弾ませた。
“Summer Breeze”はJETのミニアルバムに収録された曲で、ブルージーなジミーさんにしては珍しいフュージョン系の曲だった。ジミーさんのギターはちりちりと体を焼くような暑さの、沖縄市闘牛場に清風を与えてくれたんだろうなと、情景が浮かんできた。
よし、今度の沖縄はJETのライブを楽しもう。ジミーさんには“Summer Breeze”をリクエストしよう。聴けば心にも気持ちいい風が吹いてくるかもしれない。オフ会もなんとか乗り越えられるかもしれない。
そう思った。
ジミーさんのギターが聴けると思い、私は8月の沖縄旅行を指折り数えて待った。
そして、当日。
その日はやたら暑い日だった。那覇空港から外へ出た瞬間のまとわりつくような暑さは忘れられない。
やはり、期待よりも不安のほうが高く、テンションがおかしくなり、実況メールを頻発してしまい、コウさんに叱られた。
フランさんからは、「楽しんでね!」とメールがきた。そして、お土産として清正さんのサインか俊雄さんのサインをお願いされ、私はフランさんからのミッションに応えられるよう、俊雄さんにアポイントメントを取るべく城間家に電話をした。しかし。
ご親族の方が申し訳なさそうに俊雄さんの不在を告げた。期待はあまりしていなかったものの、やはり辛い。
それにより旅への不安の比率が一気に上がり、不安8:期待2になってしまった。
今回も俊雄さんには会えないのだろうか。寂しさが心を覆った。
気を取り直してゆいレールに乗り、那覇バスターミナルへ乗り継ぎ、コザへ。
しかし、コザの街も2月に行った時に比べてどんどん寂れていっているのがわかり、気持ちを暗くさせた。
人通りが少なくなり、活気がなく、バスの車窓から見る景色は増えた店よりも減った店が目立っていった。
そ、そうだ。気を取り直そう。まずはゴヤマートでツナマヨポーク玉子お握り、なかったらしゃけお握りを買って京都観光ホテルの涼しい部屋でAFNを観ながら食べよう。
そう思い、中の町ではなく、胡屋に降りてゴヤマートに駆けていったのだが、ゴヤマートには人気がなく、入口に何か貼り紙がしてあった。
「え。休業……中?」

私は意気消沈して人目憚らず、店の前でへたりこんだ。
仕方なく、中の町のローソンでポーク玉子お握りとさんぴん茶を買い、シャワーを浴びて着替え、冷房のきいた部屋でしばらくゴロゴロすることにした。
どんどん不安が渦巻いていく。やっぱり行かなきゃ良かったんじゃないだろうか。そんな感情ばかりがループする今回の旅だった。
テレビに映るソープオペラをぼんやり見ていると、気がついたら午後18時だ。
私は外に出てタクシーを拾い、運転手さんに恩納村のココナッツムーンへ急ぐようお願いした。
危ういバーミリオン色の夕焼けを見ながら、とにかく無事に旅が終わることを祈った。
俊雄さんに会うのは諦めるにしても、清正さんには元気で会いたい、ジミーさんのギターをもう一度聴きたい。
私は移動中祈るように強く願った。
そんな私の状態を察してなのか、パティさんからメールがきた。
「よっ、まいきー。沖縄楽しんでる?」
パティさんのタイミングの良さになんかほっとし、私は空元気ながらも返信した。
「はい!これからココナッツで夜遊びしてきます」と。
パティさんは「相変わらずだね。せいぜい楽しんできな!アホアホまいきー!」と背中をどんと押すような返信をされた。アホは余計だがパティさんの優しさのおかげで、だいぶ楽になった。
午後19時、ココナッツムーンでは民謡のライブが行われていて、三線の音が響く店内でリナママさんの姿を認めると私はリナママさんに会釈した。
「あら。また来たのね!」
リナママさんは真っ赤な唇を大きく広げて微笑まれた。
スタッフも変わったようだ。リョウタさんもロミオさんも退職されたようで、見知らぬバーテンダーさんがいて、私は彼にモスコミュールを注文した。
モスコミュールをちびちび飲んでいると、スタッフである老夫婦から「これ、リナさんからサービス」と耳打ちされ、枝豆が盛られた皿が目の前に置かれた。
こんもりと盛られた枝豆を食べていると、青いアロハシャツの髭面の男性が現れた。清正さんだ!
「おいちゃん!おいちゃん!」
やっと安心できる嬉しさから私は清正さんに抱きついた。
「久しぶりだね。なんか元気なさそうだけれど大丈夫?」
さすが清正さん。察しがいいな。
私は仕事が忙しくてと誤魔化しながらも清正さんをきゅっと強く抱き締めた。
清正さんは私の態度に何か感じたのだろう。スタッフルームへ案内してくださった。
私は枝豆とモスコミュールのグラスを手にスタッフルームへ入った。
スタッフルームは少し雑然としているもののちょっとした応接間のようになっていた。
清正さんは籐椅子に座り、煙草を燻らせるとぽつんと呟かれた。
「まいきーはJETよく行っているよね。ジミーがJET辞めることになったの知ってる?あいつね、ライブの時、最初のフレーズ弾くところを最後のフレーズ弾いてしまったわけ。もうあいつはギター弾けなくなっちゃったよ」

清正さんの言葉が鉄球をぶつけられたかのように腹に重くめり込んでいった。
私は清正さんの言葉が信じられなくて激しく動揺し、モスコミュールがまだ残るグラスを手にカタカタ震えるしかなかった。

(オキナワンロックドリフターvol.37へ続く……)

文責・コサイミキ

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