楽園ジューシーを読んでみたんだ


まさか、『ホテルジューシー』の続編が刊行されていたなんて。しかも今度は別の主人公で。
早速書店で購入しました。
主人公は、ロシア、ドイツ、中国、マレーシア、そして日本と5つの国のルーツを持つ混血の青年松田英太。白い肌と天然パーマと肥満体型により長い間いじめられていた。親は心配はしてくれているが助けるほどには金銭的ないし精神的余裕はなく、人と違うことで迫害され続けていた英太は卑屈になっていきました。彼の心の支えは2人の友達。両親がおらず、ごみ屋敷で祖母と二人暮らしという家庭環境からいじめられているゴーさんと、交通事故により頸椎を損傷し、その事故の原因である親から心配と申し訳なさに裏打ちされた過干渉を受け、息苦しい毎日を過ごすアマタツ。
  コンビニの売れ残りの小さな斧のフィギュアを3人は掲げ、さながら三國志の桃園の誓いのように友情を誓い合い、英太は2人からザッくんと新しいニックネームをもらい、以前よりは英太改めザッくんのしんどさが軽減されます。
しかし、高校生になりそれぞれ別の高校に入り、ゴーさんは就職、アマタツは都内の有名私大に入学、親の経済状況が持ち直したザッくんは東京郊外のあまり有名でない大学に進学。ますます疎遠になりつつありました。高校進学を機にだんだん痩せてきて背も伸びたザッくんは混血故のルックスと相まってそこそこ女の子から人気が出たものの同級生男子からは冷遇され、さらに長い間培われたいじめによる猜疑心からモテてもからかわれていると思い込み、大学生活も友達がいない陰キャ生活のまま。
  そんな彼に変化が。春休みに入るある日、バイト先のお弁当屋の長期休業から途方にくれたザッくんは職場の同僚の提案により、沖縄でリゾートバイトをすることになります。バイト先は『ホテルジューシー』
と、いうのが今回の楽園ジューシーのあらすじ。
 前回の主人公、ヒロこと柿生浩美よりは個人的に好きなキャラクターだけれどザッくんこと松田英太はヒロとはまた違った意味で凝り固まったキャラクターです。前者が前のめりな正義感からなら、後者はいじめや無理解を受け続けたことによるひしゃげた心から。さらにルッキズムに晒されたせいなのか彼自身もルッキズムや性差別をちらりと匂わせる言動や思考がちらほら。人によってはヒロ以上に嫌いなキャラクターかもしれません。
  しかし、こちらも長年迫害や中傷を受けてきた身のせいかザッくんの卑屈さや、ルッキズムや固定観念を嫌いながらもそれらが染み付いている矛盾の状態とかが他人とは思えず、まるで甥っ子を見守る気分でザッくんの物語を追ってしまいます。
  
 ザッくんもまたホテルジューシーにて色々な人々と出会います。朝食担当の従業員、比嘉さんのおいしいお料理は変わらず健在、掃除担当の双子のオバァ、クメさんとセンさんも変わらず元気(いったいいくつなんだろ!前作から12年以上経っている設定なのに!)、そして、オーナー代理の安城さんは相変わらず昼間は自堕落、しかし夜は嘘のようにしゃっきりとし、推理していきます。

   前作同様にホテルジューシーに宿泊する人々もかなり訳あり。ニッチなジャンルへのオタク気質からそれをカモフラージュしようと道化を装う女子大生、沖縄の古い因習を打破しようと自分なりの終活をはじめる50代の女性、おっとりした雰囲気が好感持てる人たちだけれどその気質からうっかり違法行為へ足を突っ込みかけた夫婦、生真面目さに嫌気がさし、自由や型破りを求めるもかえって泥縄になり他罰的になる男性。
  前作と違うのは、昼休みにザッくんがちょくちょく通う、味は二の次三の次だけれど安くてボリュームがある居酒屋のバイトでアフリカ系アメリカ人の血を引くユージーンというキャラが連続で登場すること。ザッくんはアマタツとゴーさん以外にできた友達にすっかりはしゃぎますが……。
  ラストエピソードの「君ではない」はかなりグサグサくるエピソードです。
  クメさんとセンさんに頼まれてファイヤーキングのマグカップを探すザッくん。ユージーンが車をだして米軍基地内のフリーマーケットに連れていってくれるも、ユージーンからかなりきつい言葉をぶつけられてしまいます。さらにそれをメールでぼやいたらアマタツからも辛辣な返信がきてしまい、とどめとしてアマタツとゴーさんに依存しすぎるザッくんのメンタリティをアマタツは指摘します。
   うちひしがれたザッくんはひとりぼっちで泣きながらキャンプフォスターから那覇までの道を歩きます。
  その時にほんの少しだけれどザッくんに救いが訪れます。
  このエピソードは結構堪えました。個人的な話で恐縮ですが、長年ひどい目にあうとつい身構えたり人を歪んだ目で見てしまう。その癖、人から何度も親切にされるとその人に寄りかかり過ぎてカットアウトされる。ザッくんと過去の私が重なります。そして、自信のなさやよるべのなさから他人に行く先を委ねがちなところも。
   やはり、誰かに寄りかかったり頼りにしすぎたり依頼心を剥き出しにするのは辛い思い出をいかでかして何らかの形で相殺したいから、じゃないとこの人生のしんどさの割にあわないという恨みの気持ちもあるのかなとこのラストエピソードを何度も読み返して思うのです。
   少しだけ前に進めるようになったザッくん。
  どうか彼が依頼心を少しずつでいいから脱ぎ捨てられた時、アマタツとゴーさんと飲みに行く約束をしてきちんと再会して酒の肴として沖縄での積もる話ができますように。かなりビターなリゾートバイトになってしまったけど、今度は自分の足で楽しいことを見つける沖縄の旅としてザッくんがまた沖縄に来る日がきますようにと似た者としてエールを送りたくなるそんな今作でした。

(文責・コサイミキ)

  

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