Don't Stop believingを観賞したんだ。



去る2012年、Denkikanにてドキュメンタリー映画、Don't stop believing を観賞。1週間上映、しかも夜の上映で、終電に間に合うかハラハラしながら行った想い出が強い映画だ。
アーネル・ピネダというジャーニーの新ボーカリストのシンデレラストーリーは、音楽評論家の長谷川町蔵さんのブログ記事で知り、ずっと気になっていた。

映画の中...…の彼の生い立ちのいくつかは過去映像で既に知ったものも多かったが、雑多なマニラの街並みとともに、フィリピン訛りのきつい英語でアーネル自身が語る過去は生々しく、そして、フィリピンという国の一片を知ることができた。
特に印象的なのはアーネルが車中で唐突にメンバーに語った痛ましい過去とその後のアーネルの大げさな笑い声と、怖気の走るような暗い瞳。ああ、この人はどれだけの汚泥を浴びてきたのか。そして、その汚泥の中を歌を支えに、道しるべにしてきたのかを痛いほど感じ、震えが止まらなかった。
採用時のエピソードばかりを取り上げられがちなアーネルだけれど、映画の中では「シンデレラのその後」もきちんと取り上げられている。
湿度の高いフィリピンと土地によって湿度が違うアメリカでは勝手が違う。しかも喉に負担をかけやすい楽曲が多いジャーニーのフロントマンとしてのツアー。お金稼いでも医療費に消えちゃうよと自虐しながら喉をいたわりつつツアーをこなすアーネル。

救いなのは、メンバーがアーネルのことを弟のように慈しんでいること。特にドラムのディーン・カストロノヴォ(パートナーへのDVで解雇されたものの、最近またジャーニーに再加入したようで、複雑ではあるけどアーネルにとってはおかえりなさいなのかな?)とじゃれあう姿は血はつながらないけれど仲のいい兄弟のようだ。ツアー中のオーディエンス達の模様もタイル細工のように複雑だ。スティーブ・ペリーの面影を未だに追うオールドファン、アーネルを誇りと称えるフィリピン系アメリカ人たち、複雑な心境ながらも新ボーカルにエールを送るファン。
それでも彼らは進んでいくしかない。時間が進むごとにツアーで消耗していくアーネルが八年間バンドに貢献してきたものの、喉を傷め、脱退したスティーブ・オウジュリーと重なりはらはらしてしまう。だからこそ、フィリピンでの妻子とのひと時のアーネルの満ち足りた表情に安堵する。
そして、現在のアーネルの妻であるチェリーの真摯な気持ちにも心打たれる。一時期は酒、ドラッグ、女で歌手生命を絶たれかけるほど失敗したアーネル。だからこそ、家族を愛し、守る気持ちが過酷なツアーとそれに伴う誘惑に翻弄されそうになる彼の防波堤となっていることをしみじみ感じる。
クライマックスはマニラでの凱旋公演。アーネルのDon't stop believingが水をゆっくり注がれたように心、体、毛細血管にまで染みとおっていく。

『紫』のギタリストである比嘉清正さんが私に以前呟いた言葉。

「歌は、その人そのものなんだよ」と。
映画のクライマックス、私はアーネルの歌うDon't stop believingを聴き、涙しながらその言葉に頷いた。
思った。アーネルの歌が聴きたい。
彼だからこそ唄える“Don't Stop believing ”や“Faithfully”を生で聴きたい。久しぶりにそう思えるアーティストに出会えた映画だった。

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