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幸せ探しという幻想が終わった日

先日、彼と山奥のお祭りに行ってきました。同じ県内なのに行ったことのない場所。

彼はそのお祭りが大好きで、一度わたしを連れて行きたかったらしい。
まぁ、彼は宇宙人みたいな男なので
感性がわたしと全然違うから
どんな景色を好んでいるのか彼の脳内が見たい、と言うのもありついていった。

わたしが住む街から車で1時間ぐらいの場所にあるんだけど
道中も知らない街の商店街を通り抜けていく。
昭和レトロが漂うかわいい街。
彼はシャッターが降りてさびれている感じもまたかわいいよね、と言っていた。

今じゃ絶対使われないような味のあるフォントや、外壁に使われているタイル。
つぎはぎみたいなトタンの壁。
宗教の言葉が書かれた看板で埋め尽くされている廃屋。

それを彼と2人で味わったり、妙に深掘りしたり、飽きたりしながらドライブしていた。

彼は旅行が好きではない。
わたしは一緒に行きたいのだけれど。

明らかに美しい
誰が見ても素晴らしいもの
には興味がないのかもしれない、と思った。

日常の何気ない光景から
美しいもの、かわいいもの、楽しいもの、味わい深いもの、を見つけることが楽しいのだ。

あたしは凡人なので
刺激強めじゃないと感じられないから
大衆がいい!というものを欲しがちだ。

そして、それは大抵手の届きにくいところにあるもの。
言い換えたら手の届きにくいところに幸せや感動があると思い込んで、それを手にするためにがんばりたいのかもしれない。

お祭りの場所は、ほんとに山奥の集落で小さな集会所みたいなところで行われていた。

竹で作った灯篭に、火が灯されていて
それがいくつも並べられていて
じわっと小さな灯りが一帯にあがっていた。

以前はもっと真っ暗な山の斜面に
無数にこの灯篭が置かれていて
もっと灯りが美しかったのだそう。
場所がいつのまにか変わってしまい
周りが明るい場所での開催となっていたので、少しがっかりしていた。

小さな庭のようなところに出店がいくつか出店されていて、わたしたちはコロッケを買って食べた。

想像していたのは揚げたてのコロッケだったけどそうではなかった。笑

それでも、
『思ってたんと違うねwww』
っていうやりとりが楽しかった。

知らない場所の景色を見れてなんかちょっとした旅行をしている気分だった。

そして宇宙人みたいな彼の脳内が少しわかった気がした。

美味しくないボロい店に行くのが好きな理由とか
旅行に行かなくてもいい理由とかね。

どこからでもしあわせを感じることができるからだ。
どこでも、味わうことができるから。

たまに、なんでこれ?っていうものをディスってたりするけどね。

あたしも少し味わい力がついたかもしれない。
そして、幸福感って割とどこにでもあるなぁ、と。
今思い出したって感じられる。

これを渇望して無我夢中になってしまう人もいるぐらいなんだなぁ、と。

灯台下暗しどころの話じゃないね。
でも、これにみんなが気づいたら戦争もなくなりそうだな、と思いながら

焼き鳥さんでお祭りを振り返りながら
鶏皮をほおばって帰宅した。

なんだろう、このほこほこ感。
ぬるーい湯船に浸かってじわじわ幸せみたいな感覚。

薄味の威力か。

色々価値観がぶっ壊された1日でした。

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