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「架空小説書き出し」まとめ①

・今日も奴等がここにやって来る。奴等は入れ替わり立ち替わり、物珍しそうに私達を観察していく。
ヒレも鱗もない自分たちの姿が存外に珍しいことを、奴等は自覚していないらしい。
『ガラス張りの楽園』より


・気づくと彼女はそこに立っていた。そこがどこであるかも、どうやってそこに来たのかも、彼女は理解していなかったが、その先に進まなければいけないということだけは、なぜか確信していた。
突き刺すような日差しと降り注ぐ蝉の声が、今が夏であることを告げていた。
『蜃気楼の町』より


・道路に等間隔に置かれた「鹿に注意」の看板の絵が、少しずつ鹿でなくなっていることに、私達はもっと早く気づくべきだった。
『宛先の無い手紙』より


・カラスはなぜ鳴くのだろう。仲間を呼ぶためか、緊急事態を伝えるためか。それがカラスの日常であっても、喉の底から叫ぶような声を聞いていると、何かとんでもない危機が差し迫っているのではないかという気がしてくる。
首を吊った私の死体のそばで叫ぶように鳴くカラスを、私はぼんやりと見上げた。
『夏を終わらせる10の方法』より


・立ち並ぶ鳥居の間から、嗅いだことのない獣の臭いが漂っている。隆史は後輩の口車に乗せられてここに来たことを早速後悔していた。
『常夜燈』より


・彼を作ったのは、痩せた一人の老人だった。老人の手つきは無骨だが丁寧であった。完成した彼に老人は毎日腰掛けた。その場を離れる時、老人は彼のことをそっと撫でた。それが彼らにとって唯一の会話であった。
彼の身に異変が起きたのは、そんな会話がされなくなってから、百を数えた夜明けであった。
『あの木漏れ日を追って』より


・海の水深ってさ、平均すると3700mぐらいあるんだって。でも光が届くのはたった200m。人間も同じでさ、表に出てるのはほんの一部でその下にはみんな深い闇を抱えてるもんだ。
勝ち誇った顔でそう語った友人の連絡先をブロックしながら、私はその光が届かない場所に住む者たちに思いを馳せた。
君たちは自ら望んでその暗闇に生きているのか?
『ディープ・ブルー』より


・ニュースはどこも台風の話で持ちきりであった。二日後に日本列島に上陸するであろう台風は、近年稀に見る勢力を誇って太平洋を北上していた。
水平線に消えていく夕日を見ながら、このままここにいればあの人の元に行けるかもしれない、と馬鹿なことばかりを考えた。
『蒼の狭間』より


・神も仏も信じちゃいない。そのはずが気づけばここに立っていた。
なあ仏様、祈れば助けてくれるのか?だったらいくらでも祈ってやるから助けてくれ。
俺は今日、人を殺した。
『鈍間な逃避行』より


・住宅街を歩くと突然現れる、誰からも忘れ去られたような寂れた公園。彼が毎日ここにやって来るのは、泣き腫らした顔で帰っては両親を心配させてしまうという親を思う気持ちと、自分はこんなことで折れやしないという、ちっぽけなプライドからであった。
『左利きのみっちゃん』より


・何にでも名前を付ける癖があった。空に浮かぶ雲、年老いた木の幹に刻まれた傷、捨てられた空き缶、ひび割れたコンリート。そうするだけで友達は毎日増えていった。いつも一方的な僕のおしゃべりに初めて返事があったのは、二学期の始業式の帰りのことだった。
『ひみつのともだち』より



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