永遠の秋を生きていく
長男猫こと、コトラーがこの世を去った。
獣医さんも驚くほどのスピード感だった。
今、私はコトラーを背後に安置して記事を書いている。
一昨日、病院に行ったとき「輸液をしないであと1週間」と言われたばかりだった。
昨日は立ち上がるのもやっとだった。
今朝は横になっていて、出がけに体を撫でたら「ワーン!アーン!」と大声で鳴いた。2回ほど大きな声で鳴いた後、大きく息を吸って吐いていた。
痛かったのだと思い、コトラーに「ごめん!ごめん!」と謝ったのが、私とコトラーの最後の会話だった。
何分、働かなくては食っていけない身の上である。
最近は毎日、具合が悪そうなコトラーに後ろ髪を引かれながら仕事に向かった。
『家に帰っても5分や10分、バタバタと慌ただしいのも迷惑だよなぁ』と思って昨日からは休憩時間の一時帰宅をやめていた。
今日は朝の件もあったので心配だったが「マジで迷惑だろうな」と帰宅を思いとどまった。
1日中、少し気を抜くと意識がなくなっているような気持ちで仕事をした。職場としてはいい迷惑である。
1日が異様に速く感じた。
家に帰ると、コトラーはもう息をしていなかった。
アンモニアの匂いがして、手足を伸ばして硬直していた。
よく見ると床にも液体がこぼれていたし、口はうっすら開いて目も開いている。
「安らか」とは言い難いが「苦悶の」というほどでもない。
少しだけ驚いたような顔をしている。
それからはひたすら関係各所に連絡をした。
お世話になった獣医さん、妹(出ず)、母、同居人氏は仕事中だが一応連絡を入れる。
そして箱を探すが家の中に丁度いい箱がない。
更に、硬直してしまった猫をどう触っていいかわからずにオロオロ。
そうしていると妹から折り返しがあったので、実家に丁度いい箱がないか聞いてみたが無し。
「スーパーに行けばあるんじゃないか……?」
そして妹が手伝うよ、と。
スーパーで落ち合ってお菓子と飲み物を買う。
妹に渡す分だ。
ちょうど良さそうな箱もあった。
帰宅して妹と2人、コトラーの体を拭く。
硬直してしまった体をもらって来た段ボールに入れようとするが上手く入らない。
痩せた痩せた、と言っていたコトラーは思っているよりも大きい。骨格がしっかりしているのだなぁ、と妹と話す。
火葬の手配もしなくてはいけない。
職場のIさんは猫を亡くした事があると言っていた。
葬儀屋さんはどこって言ってたっけ……?と電話。
保冷剤もない、などわーわー言いながらコトラーはちょっと窮屈に箱に収まった。
何もかも順調すぎるほどに進んだ。
なんて順調なんだ。
翌日休みの日に息を引き取って葬儀屋さんも休みの日に来れて夜は雨と言われているのに晴れている。
もう、何もかもやはりわかっていたのか。
私にあまり金がないことも、仕事に穴開けるのは最小限にしないとって一瞬でも思ったことも、次の休みは健康診断だってことも、車屋さんにタイヤと定期検診に行かなきゃいけないことも、全部知ってたんだろう。
私の誕生日がもうすぐなことも、末の妹の誕生日は外した方がいいとか、何もかも、何もかもわかっていたのだろう。
なんて、なんて空気を読む男なんだ。
翌日、同居人氏とやれ写真立てだ、やれお花だとマイカルに行く。
困った時はマイカルである。
母が顔を見に来てくれると言っていたのでお菓子も用意した。
家に帰って程なくして母がやって来た。
部屋が散らかっていると指摘を受けながらコトラーを囲んで話をする。
コトラーは有珠山の麓の納屋で生まれた。
兄妹にコトラーと同じキジトラ猫、シャム猫、三毛猫の長女猫サンケ、お母さんの三毛猫の大所帯だった。
私達が納屋に入ると、蜘蛛の子を散らすようにみんな逃げて行った。猫と、世話をしてくれていた人達しか知らない彼らにとってはとんだ闖入者だっただろう。
そんな中、一番最初に戻って来たのはコトラーだった。
私の匂いを嗅いで撫でさせてくれて「俺も行こうかな」という雰囲気を出したのはコトラーだけだ。
それから遅れてサンケが私の元にやって来て、2人を札幌のアパートに連れて帰った。
それから何やかんやあって、今の家に住むことになった。
コトラーは賢い猫で、家に来た時からトイレの失敗をした事がない。
具合が悪くなってから、微妙にはみ出したことはあるが、それ以外、息を引き取るその時までトイレはトイレでを守っていた。
家に来た日、一番最初にトイレで用を足して長女猫にトイレの場所を教えたのだ。
賢い。
それからしばらくして次女猫が家に来た時、コトラーは次女猫の世話を甲斐甲斐しく焼いていた。
毛繕いも、尻尾で遊ぶことも忘れなかった。
次女猫がはしゃぎ回って噛み付いた時も、猫パンチと甘噛みで制していた。
「シャー」も「フー」も見た事がない。
いつかの節分「紙でできた鬼のお面を被ったら猫達はどんなリアクションをするのか」と妹と検証した事がある。
長女猫、次女猫は一目散に逃げて行ったが、長男猫は違った。
恐る恐る私の側に寄り、尻尾を恐怖で膨らませながら匂いを嗅ぎに来たのだ。
嗅いだ事がある匂いだからか、ビビりながらも私にすり寄ってきてくれた。
もう二度とこんな事はやめようと心に誓った。
私が泣けば側に擦り寄り、足元で丸くなる。
この世界で一番信用できる男である。
優しい猫なのだ。
そんなコトラーは今日ずいぶん小さくなった。
葬儀屋さんが来てくれるまでに買い出しにも行った。
残りの時間がどんどん少なくなっていく。
天気が崩れると聞いていたのに空は青空が高く、少し涼しい。日が暮れかけて、薄い水色の空の下側は白けている。
世界は美しい。クソみたいだ。
ふざけやがって。雨でもきっとこう言ったし、美しければ美しいほど、やはりクソッタレだ。
こんなに空が高くては、もうコトラーに手が届かないではないか。
段ボールに入ったコトラーを葬儀屋さんの車に連れて行く。涙が止まらない。
もう食べ飽きたかもしれないちゅーると、母が持ってきてくれたお花と我々が買ってきたお花をコトラーの周りに並べる。
最後に尻尾を撫でると、やはり長くて、きれいだった。
さようならコトラー。大好きだ。
コトラーはだいぶ小さくなって帰ってきた。
お骨上げもさせてもらった。
「骨が大きいですね」と葬儀屋さんは言う。
コトラーは片手で持てる大きさになってしまっていたが、元々は8キロ近くある猫だったのだ。
我が家で一番大きい猫だったのに一番小さい猫になってしまった。
入れようと思っていた渡し賃は忘れてしまった。
今日から私は永遠に、コトラーとこの秋を生きていく。
毎日、この秋の日に帰ってきたい。
37歳の私は13歳の元気なコトラーとずっとこの秋を生きるのだ。
そして毎日私は素敵なものを集めてコトラーに見せる。
コトラーが再びこの世界に遊びにきたくなるように。
いつでも私はコトラーといるから、また会おうねコトラー。