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5年働いた職場を去る話

実際5年半から6年弱くらいだろう。
今の職場に入る前に同業種、別の職場で働いていた。
強くてニューゲーム状態だ。
しかし配属先の移動やなんやもあり、新しい環境で働くこととなった。
5年もいると本当にたくさん腹の立つことやうれしいことや困ったことがあった。
しかも立場がよくない。バイト以上、正規雇用組未満、というラブコメみたいなポジションだ。いや、速度超過で警察に捕まった時「アルバイトですぅ……」と言うくらいにはゴリゴリの非正規雇用、アルバイトであるのだが。いわゆるバイトのリーダーみたいなものだ。
バイトリーダーはなんとなく馬鹿にされるイメージである。しかしこれはこれでなかなか大変なのだ。
高校生や大学生がキャイキャイはしゃぎすぎないように、彼らの身に降りかかる災難の第一窓口として存在しなくてはならないのだ……。
「シフトのここ出られなくなっちゃったんです……変わってもらえませんか?ピエン」とか学生のスタッフがお客さんに怒られているのでお客さんをなだめて「今度からこうしていこうか、コーヒー飲んどけ、な?もう気にすんな、元気出せ、な?」までやったりする。
この業務はこうやるんだよ、こういう理由でやるんだ、とかもやる。
更には「この業務はこういう理由でやると新人さんに伝えようかぁ」「新人さんの育成どうだい?いい感じかい?」なんてこともやっていた。実は。
そのあたりを収集して上司に話したり先輩や同期と情報共有したりする。
それと合わせて自分の部署以外の後輩が困っていたら声をかける、もし問題の火種になりそうなことなら本人の了承を得てしかるべきところに相談する。
プラス、通常業務である。なんだか忙しい。通常業務も時間制限があったりするので、手を動かしながら頭を動かし口を動かしながら内外に目と気を配ってもう大変だった。
私の先輩はこれに事務作業も入っているのだから大変だ。私の事務作業もあるが、代わりにできる同期や後輩がいるのでなんとか回っていた。
思ったよりいろいろやってるな。
それでも私は仕事をしていない方だっただろう。

最終日、休憩室のテーブルに「お世話になりました菓子」を置いて業務にあたった。
前日くらいからいろいろな人に「お世話になりました」の言葉や、お菓子をいただいたりしていた。
なんだかすまねえなぁ。と思いながら言葉を交わし、お菓子やタオルハンカチをもらったりした。
最終日ともなると本当に、いろいろな人があいさつに来てくれた。
もう退職して久しい人、育休取得中の人は赤ちゃんを見せに来てくれた。小さい人間はすごく小さい手足で、時々「ぐぶぐぶ」と言っていた。最後に会った時は人間in人間だったのに。あっという間だったんだなと感じる。
何より、どこで情報を仕入れたんだ、とも思った。
どうやら主婦の方々のネットワークにより情報が漏れていたらしい。とにかく驚いた。
私なんぞの為に時間を割いて来てくれる人がこんなにいるなんて。
いつもより早く業務を終えて休憩室に向かう。
通常よりも早い時間だからか、休憩室がにぎやかだ。
ドアを開けると昨日「お世話になりました、またねー!」みたいなやり取りをしたメンバーがいる。
目を白黒させていると、どうやらサプライズで店に来ていたそうだ。
うち1人はトイレに行くときにすれ違っていた。同じ職場の友達と遊びに行くのだろうと思い「よっ!」みたいな挨拶をしていたが、まさかそういう理由だったとは。
ひとしきりみんなと話して、職場を後にする時にはなんだか両手に持ちきれないほどの荷物になっていた。
みんな私のために買ってくれたのか、と思うと嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な心地がした。

私はきっと万人に好かれることはできないだろう。
私は馴れ馴れしいところがあるし、気分屋のところもある。
賢いほうでもないし、思い付きで行動する。今回の退職だってそうだ。
急にこの仕事、この職場で働くのが嫌になってしまったのだ。
それをオブラートで包んで「新しい仕事をしてみたくなった」と方々には伝えた。
本当はバカバカしくなったのだ。
「皆を引っ張っていく力」というものを「忘年会の幹事をする」みたいな変換をする職場が。
一人が原因で何人も辞める人が出ているのに、自分にとってかわいい後輩だから、と野放しにする管理職が。
いくらやってもやっても終わらない業務と、変わらない給与に対して増え続ける新しい施策が。
もう何もかもバカバカしく、過去のものになったのだ。

愛おしい後輩も尊敬する先輩も、お互いを頼りなく思いながらも力を合わせて困難を乗り越えた同僚も、誰も私の心を変えさせるものではなかった。
吐いた唾は飲めない、飲めないだけではない。
飲んでもまた吐くだろう。同じ唾を。そして誰も私を信用しなくなるだろう。
全ては過去になった。
そして過去はいつだって美しい。
この職場で働いたことは美しいことになった。
これ以上私は、あの職場に失望も絶望も、期待も不安も喜びも、何も見出さなくていい。
ただ美しい存在として、心のうちに留めるに尽きるのだ。

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