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ずっと大切

「いつ結婚するん?」
30歳を過ぎた頃、母からよくそう訊かれた。将来のことなんてまだ考える気になれず、まぁそのうち、と曖昧な返事を繰り返していたら、あるとき母が寂しそうにつぶやいた。「私ももう60歳、元気なうちに孫の記憶に残りたいなぁ」。

親戚の法事に、いとこが1歳になる子を連れてきていた。抱かせて、と母はいとこにねだると、その子を腕の中であやし始めた。かわいいでちゅね〜。元気でちゅか?
独身や子なしも生き方の一つだ。でも、母の嬉しそうな表情を見ていると、少し後ろめたく感じてしまう。

母のためではないが、30代半ばで結婚し、数年後に息子が誕生した。妻の退院後、しばらくしてから息子とのツーショット写真を母にメールする。喜ぶ姿を想像すると、少しは親孝行できた気になる。
ところが、その返信は意外なものだった。
“あんた、目の痣どうしたの?”
そのときの私は、まぶたが薄い紫色をしていた。おそらく疲れによるものだ。息子の泣き声に、毎晩2、3時間ごとに起こされていたから。
とはいえ、その症状は軽かった。妻や同僚は気づかなかったのに、やはり実の母は違うものだ。じんと胸にくる。
"痣は大丈夫"。その後も短いやり取りをしたが、結局最後まで息子のことには触れられなかった。母が見たかったのは、孫ではなく、子をもつ私だったのかもしれない。いつか私も、同じ心境になるのだろうか。息子の寝顔を見つめながら、ぼんやり想像してみる。

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