ずっしり

父は買い物魔だ。60代の夫婦2人暮らしなのに毎日のようにスーパーへ行き、板チョコ20枚、メープルシロップ5本、手巻き寿司の海苔10パック・・・と大量の食料品を買い込む。それらはキッチンを埋め尽くし、父の部屋にも収まり切らない。5リットル入りの焼酎が10本、廊下に並んでいたこともある。
とりわけ業務用スーパーが気に入りで、往復10キロを自転車で通う。若い頃マラソンを得意としていたから足腰は強い。とはいえ。大学時代から連れ添う母はぼやく。「あんなに買ってどうするねんな」。

父はプレゼント魔でもある。私の好物であるタコが食事に出てくると、いつも譲ってくれる。私が小学生だった頃ならまだしも、大人になった今でもだ。私がTOEICの勉強をしていると知ったときには、新聞で連載されていたワンフレーズ英会話を数年にわたってスクラップしてくれた。残念ながらスコアアップにつながる内容ではなかったけれど。
たまに実家に帰ると、必ず段ボール1箱分ほどの食べきれない食料品が用意してある。コテコテに甘そうな菓子パンなど、正直好みでないものも。要らんもんは置いていきや、と母は耳打ちしてくれるが、父のことを思い、紙袋に詰められるだけ詰め、両手に食い込ませながら持ち帰る。

伊勢にある妻の実家に、初めて両親と訪れたときのこと。待ち合わせの難波駅にやってきた父は、登山にでも行くかのようにパンパンに膨らませた大きなリュック姿。ピンときた。いつもの食料品だ。まさか手土産!? なぜか筍の先がリュックから飛び出している。近所の山で採れた、と父は満足気だ。行き交う乗客たちがこちらを見てクスクス笑っている。母がすまなさそうに詫びた。持っていくと言って聞かなくてなぁ。
親同士の挨拶が終わると、父が取り出し始めた。焼き鳥の缶詰、イカのするめ、乾燥ひじき・・・・・・。義父は面食らっている。百貨店の高級菓子ではないのか。続いて筍。リュックではわからなかったが全長は50センチ・・・・・・。義母は困惑している。どう調理したら良いものか。私はずっと下を向いていた。
妻の実家をお暇し、めったにない機会だからと親子で観光へ。英虞湾の地中海村まで足を伸ばす。白壁の街並みを眺めて回ったり、海岸沿いを散策したり。広場で休憩していると気づいた。父のリュックがまだ8割も膨らんでいる。
「良かったら持って帰ってな」
えっ、私への土産だったのか。思わずよろけそうになるほど重い。妻の実家まで3時間以上も背負ってきたのだ。ずっしりと父の愛情を受け取った気がした。
「これ、食べられるんやで」
ふと見ると、父は地面に落ちていたグミの実を拾っていた。思わず一緒になって頬張る。甘くて酸っぱい。嬉しさと申し訳なさが混ざったような味だった。

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