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妹が見た夢の内容があまりに怪談だったので、怪談にする


関東にある実家で起きた話なんですよね。私も姉も大学進学を機に出ちゃってて、もう両親しか住んでないんですけど。

私は東京に進学したんでゴールデンウィークとかふつうの三連休とかに気軽に帰省できるんですけど、姉はすごく遠方に進学しちゃって、そのままその地域に住んじゃってるから、長期休みしか帰省できなくて。その貴重な姉の帰省に合わせて、お盆に私も帰省して、久しぶりに実家に家族4人が揃うことになったんですよね。


私はかなり頻繁に帰省してたんで、お泊りに必要なものは大体実家に置いてるんです。歯ブラシとか下着とか部屋着代わりのジャージとかTシャツとか、あと化粧水とか乳液みたいな消耗品とかですね。私はちょっと潔癖の気があるので、バスタオルとか身体を洗うためのボディタオルとかも自分用のものを用意していて。あとは実家に昔からある古いドライヤーとは別に、バイト代で買った自分用のドライヤーを置いてたりしてました。

私はだいたい1ヶ月か2ヶ月にいっぺんくらい帰省してたんですけど、それくらい期間が空いちゃってたら消耗品がどれくらい使われたかなんて覚えてないじゃないですか。もうすこしで使い切ってしまいそうなのに買い足すのを忘れて、帰省初日のお風呂上がりに切れかかってるのに気づいて、ないボトルを一生懸命振って化粧水を出したりとか、そういうことが時々あったんですよ。いかんせん時々にしか帰らないものですから、置いてるのは旅行用の小さいボトルでしたから。


今思い返すと、この化粧水とか乳液とかの消耗スピードが、ここ数ヶ月で上がったような気がしますね。こういうの、冬場は乾燥対策で多めに消費しがちですから、消耗スピードが上がった時期はそれが原因かなと思ってたんですよね。暖かくなってきても買い足す頻度が変わらないから、もしかして母親が勝手に使ってるのか?とも思ってたんですけど。でも、うちの母親ってあんまり化粧水とか使うような人じゃないんですよ。娘にそれなりに遠慮するし、それ以前に「昔の人はそんなもの使わなくても平気だったんだから、使ったら逆に肌が弱くなるんじゃないか」みたいなこと言うタイプの人で。だからなにか心境の変化があったのかな、勝手に使うのはらしくないけどまあいっか、みたいな風にぼんやり思ってましたね。


そのお盆の帰省で、姉はパジャマになるものを持って帰ってこなかったんですよね。姉は基本的に旅行の荷物は最小限にする人で、妹の適当なジャージを借りればいいだろうという魂胆だったようなんですよ。とはいえ私も頻繁に帰省する中で、部屋着になるようなジャージやTシャツは実家と一人暮らしの自宅を行き来しちゃったりしていて。ちょうどいい服が見当たらなくて、私の高校時代の学校ジャージはまだ実家に置いてるはずだから、それを貸してあげようってことになったんですよ。で、私たち姉妹の勉強机とかが置いてある、今は私たちが帰省する時に布団を敷くことになる部屋の、この家に生活していた頃の服がまだたくさん残っているクローゼットを開けて、数年間触れられていないはずの学校ジャージを探したんですよね。


しばらく探しても見つからなくて、もしかしたら私たちがいない間にクローゼットの整理でもしたのかなと思って、母親に学校ジャージの所在を知らないか訊いたんですよ。そうしたら、

「あぁ、多分洗濯物の山の中にあると思うけど」

って言われたんですよね。

さっきも言いましたけど、その学校ジャージは私が家を出てから数年間は使われてないはずなんですよ。母親と私の体格はかなり違うので、私がいない間に着ているとも思えないし、特にきっかけがなければわざわざ洗濯されるような服でもないんですよね。それで、もしかして家の大掃除をして、私たちがクローゼットに置いている服を洗濯してくれたのかと思ってそう聞いたら、


「なんだか使ってる人がいるみたいだから」


って返されたんですよ。


え?どういうこと?近所に貸したりしてるってこと?って、姉と二人でかなり混乱しながら母を問い詰めたら、母が私たちがいない間に実家に起こっていることを話し出したんですよね。

曰く、私たちが実家に置いている下着やTシャツや中高時代に着ていた服が、知らないうちに洗濯機に入れられている。私たちに食べさせようと取っておいているお菓子や、私たちが帰省のたびに持ち寄るお土産のお菓子など、両親が頻繁にはチェックしないものがいつの間にか消えている。

断続的に起こるそれを見て、母はだんだん、「この家には両親以外に誰かが住んでいる」と思うようになったらしいのです。

この話を話す母を見ながら、私は、その「誰か」よりもむしろ母親の方に、強い恐怖を感じました。おそらく姉もほとんど同じことを感じていたはずです。


母親は、良くも悪くも、家族以外の人間に対する警戒心が非常に強い人でした。よその家からお嫁にやってきた母の兄嫁、つまり私たちにとっての叔母に対しても、表だったいびりなんかはしていないと思いますけれども、結婚してそろそろ30年にはなろうというのに、あまり心を開いてないんですよね。子供だった私たち姉妹にも伝わるほどって、よっぽどですよ。娘たちに彼氏ができればかなりの期間不機嫌そうにしていて、私たち姉妹は当時かなり苦労をした覚えもあります。母親は基本的に家族でない人を家に入れることに強い抵抗を感じる人だと身に染みて実感していた私たちにとって、目の前の、困惑しつつも何者かを受け入れようとしている母親は、それまでの母親とは別人のようで、誰かと入れ替わっているのではないかとさえ思いました。


「なんだかもしかしたら私たちのほかに誰かが住んでる気がするんだけど…でも【妹】ちゃんも【姉】ちゃんもいないから、代わりだと思って住まわせてあげようかなと思って」


って、困ったように、でも愛おしそうに半笑いで話すんですよ、母が。

これでとうとう耐えきれなくなった姉が、「そんなこと絶対におかしい、追い出すべき、早く通報しよう」と声を荒げました。

意味がわからない、何を言ってるの、そんなに代わりがほしいならもっと頻繁に帰る、ごめん、でもこんなのおかしいと、立て続けに、ほとんど絶叫するように抗議する姉を見て、私もようやく正気に戻って、お姉ちゃんの言う通りだと姉に加勢しました。

混乱しつつもなお何者かを庇うような態度の母親に、そもそもお父さんは知っているのか、どう考えてるのかと問い詰めながら、ふと、帰省してから一度も父親の姿を見ていないことに気がつきました。パジャマの代わりの話をしていたくらいですから、もう寝る時間で、当然父親の帰宅時間は過ぎています。帰省の時はいつも私たちを歓迎する父親が、まさかこの日に限って同僚との飲み会に行くとも思えません。

そうしたら、母が


「お父さん…?」


と、本当にキョトンという表現がまさに当てはまるような、この子達はなにを言っているのだろうという表情で私たちを見つめ返したんですよ。


ああ、もう実家はダメなんだ、と悟ったのはこの瞬間でしたね。

姉と顔を見合わせて、もう二人でどうにかするしかない、と頷き合いました。本当に、いつもの私だけの帰省じゃなくてよかったと、この時ばかりはそう思いましたね。


とにかく、家にいる何者かを追い出すことと、父親の行方を探すことをまずはやらなければならないとなって、父親にLINEを送って電話をかけながら、実家の状況を改めて確認しました。誰かがいると思いながら改めて見ると、私が置いている色々なものが使われているような形跡が見つかるんですよね。ボディタオルに絡まった髪の毛は、染めている私たちの髪でもショートカットな母親の髪でもないことが明らかな長い黒髪ですし、風呂場の排水孔にも同じような髪がしっかり絡んでいるんです。もうほんとうに嫌で、姉も相当憤慨しながら家を捜索していたんですけど、やっぱり普段は目の行き届かない元子供部屋が一番影響を受けてるんじゃないかって、ほかに勝手に使われてるものはないかとか、まず最初にそこを確認しようってことになったんですよ。それでその部屋に戻って、気づいたんですけど。

さっきも言いましたけど、その部屋って勉強机とか置いてたんですよね。

二人ぶんの机を、それぞれ壁に向き合うように置いて、私たち姉妹は背を向けるようにして勉強してたわけなんですけど。

両サイドには本棚があったり、可動型の引き出しとかがあったりして。

つまり、椅子を入れる前面の部分が入り口になるような、三方向が閉ざされた空間が、勉強机の下にはできてたわけなんですけど。


姉の勉強机の、セットの椅子がなくて。


その勉強机の前面に、大きな木の板が立てかけられていて。


私は大学で芸術系のコースに進学したので、高校時代からそれなりに大きな絵を描くことがあって、その時に使ってた画板だと思うんですけど。

そもそも姉の勉強机なんてもう10年くらい使われてなくて、ほかにも机の前にはいろいろなものが置かれてて、さっきジャージを探してた時は気にも留めてなかったんですけど。

でもよく考えたら、物置にしているような部屋で、わざわざ勉強机のセットの椅子をどけているのは不自然なんじゃないかって思って。

この画板、まるで机の下という空間を塞いでいるみたいだな。

そう気づいたのと、姉が自分の使っていた勉強机に向かうのと、ほぼ同時でした。

私が止める間もなく、姉は机の前に置かれた荷物を押し除け、立てかけられた画板に手をかけ、ゆっくりとずらしました。


机の下は薄暗く、私が見たものが確かだったのかどうかは自信が持てません。

でも、そこにはガリガリに痩せこけた、女のような人影が、身体を丸めていたように見えました。


女は光が差し込む方に顔を向け、ゆっくりと腕をこちらに伸ばしてきました。


あ、あのTシャツ、この間実家に忘れたやつか、とぼんやり眺めることしかできませんでした。

視界に画板が映り込んだことで我に返りました。姉が反射的に画板を元あった位置に戻したようでした。

恐怖に突き動かされながら、二人で、部屋にあるありったけのものを画板の前に積んでバリケードをつくり、とにかく通報しようとスマホを取り出したとき、LINEの家族グループに一件のメッセージが送られてきました。

父親からのメッセージかと思い、急いで確認したところ、
GoogleフォームのURLが表示されていて。
リンクを開いたら、


「お父さんとお母さんの結婚を認めますか?」
○ はい
○ いいえ


というアンケートが出てきたんです。


送信元は、父でも、母でも、もちろん私たち姉妹でもありません。


4人家族のLINEグループに登録されているLINEアカウントは、5人になっていました。


姉と二人で、荷物を引っ掴んで家から出ました。荷解きを後回しにする私たち姉妹の怠惰さをこれほどありがたく感じたことはありません。


家族のLINEグループは、姉と共に退会しました。

今、あの家がどうなっているのか、何人家族で、だれが住んでいるのかは、私も姉もわかっていないのですが。

もうあの家は、実家ではなくなってしまったのだと思います。




あとがき
怪談にしちゃったことで妹になんか悪いことが起きたらどうしよう…

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