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流星

職場の先輩と渋谷のクラブクアトロでライブを観た帰りに、居酒屋に行って今日のライブが最高だったって話で盛り上がりすぎて、気づいたらあっという間に2時間が経っていた。話し足りないし飲み足りないしって感じなので次の店を探しに外へ出た。ビルが真っ暗な空に向かって伸びていて、周りを見ても同じようなビルがいくつもあって、田舎出身の私はこの光景にいつも圧倒されてしまう。私の地元がどれくらい田舎なのかというと家から車で15分くらいかけて走らないとコンビニとかスーパーが無い、それくらいのレベルの田舎のところに高校卒業するまで住んでいた。だから今、周りを見渡すと飲食店や商業施設、そして何よりも多くの人が歩いているこの東京という場所に自分が住んでいることが正直未だに信じられない。自分の意思で上京したとはいえ、時々錯覚に陥ってしまう。
飲み直す居酒屋が見つかり、先輩と店内に入った。するとそこには居酒屋なのに何故か望遠鏡が飾ってあった。
「望遠鏡あるな」
「そうですね、手書きのメニューの横にありますね」
「そういや明日ふたご座流星群らしいね」
「ああ、はい、そうですね」
「見る?そういうの興味ある人?」
「まあ、、、一応、はい」
居酒屋ではライブの感想の他に、最近会社で起こった悲しい出来事、あの社員が不倫していたらしい、親が結婚をせがんでくるなどの話をした。レモンサワーをずっと飲み続けていて、だんだん水に感じてきた。こうなってくると危険な合図だ。もう飲まないほうがいい。気づいたら終電の時間が近くなっていた。
「明日、何の願い事しようかな」と先輩が言った。
外に出ると、今日がふたご座流星群の日だと勘違いしていた大学生くらいの集団が、空を見上げていた。空には全く星が出ておらず、真っ黒に染まっていた。
「雨、、、降るかな」と先輩が空を見上げて言った。
「先輩は、ふたご座流星群見るんですか?」
「俺?見ようと思ってるけど」
「普段、星とか見たりします?」
「いやぁ、見ないなあ」
「まあ、そうですよね。そうなんですよね。」
「どうかしたか?」
「先輩って東京出身じゃないですか。」
「うん、経堂。」
「私、ものすごいド田舎出身なんですね。ド田舎だから遊ぶ場所とか本当に少なくて、でもド田舎で良かったって思う事が一つだけあって、それが夜の星空がとにかく綺麗だって所なんです」
「ほう」
「星空を見るのがとにかく楽しみで、だから望遠鏡も持ってますし、天体観測とか本当に大好きなんですよ」
「そうだったんだね」
「でも都会の人って、星とか普段見ないと思うんですよね」
「まあ、あんまり見ないかな、月は見たりするけどね」
「普段星は見ないけど、こういうなんかふたご座流星群とかの、なんか、そういうイベントがあると急になんかはしゃぐじゃないですか」
「ん?」
「私は天然のプラネタリウムを見て育ってきたので、星がどれだけ素敵か、素晴らしいか、分かってるんですよ。でもこういう流れ星がうわすごいですね~綺麗ですね~って時しか都会の人ってならないんですよ」
「まあ、でもほら普段見る機会が無いじゃん」
「え?なんですか、それ。夜になったら星が出る日なんか沢山あるじゃないですか。年に数回しか無いとかそんな事ないじゃないですか。周りを見てください。飲食店やビルの明かり、街頭ビジョン、こっちの方が都会の人達は魅力を感じるんですよ。」
「いや、まあ、なんというか、、」
「渋谷の女なんかどうせ星なんか好きじゃないですよ。星ひとみの占いと横浜流星が好きなんですよ」
「いや、関係ないでしょそれは」
「カラオケでBUMPの天体観測とか歌っても共感なんかしないでしょ。私は子どもの頃、本当にBUMPの天体観測の歌詞みたいな事しましたから。」
「え?」
「はい」
「いや、ご、午前2時に?」
「行きましたよ、踏切に、望遠鏡担いで」
「ベルトにラジオは?」
「結びましたよ」
「雨は?」
「雨?雨だったら今から降りますよ」
「え?」
そう言って私はカバンから折りたたみ傘を開いて、渋谷駅へと向かった。先輩は多分セブンスターでも吸いながらホテル街にでも向かってる。終電間際まで飲んで私を持ち帰ろうとでも思ってたんだろうけど、そういう手には乗らない。私はとにかく今日のライブが最高だったって余韻に浸っていたいのだ。