犬とパソコン__2_

書くひとをとりまく環境

特に静かじゃなくてもいいのです。だからぁ…(*'▽') だいたい、ダイニングテーブルの一角にパソコン出しっぱなしです・・・・
( ̄▽ ̄;) {あ、ばれてしまいましたね…あまり整頓されていないことが

それはおいといて・・・・

わたしの家族は、わたしがパソコンでなにをしているのか認識しております
特に旦那さまはいつかわたしが「小銭を稼げる」と、無条件で信じている。(⇐バカでしょ)でもなにを書いているかは知らないし、今は読まれたくもない
遠い過去、お付き合いしているころに、わたしが〈小説〉を書いていることは話していて「読みたい」と言ったことがある。でも、読んだことはない
「読みたい」と言ったから一度原稿を渡している。わたしには珍しい30pの作品。今わたしはその作品を探している。わりとおもしろく書けていたからnoteにupしたいと思うのに「どこかにある」と言って出てこない(# ゚Д゚)
そういうとこだよね・・・・

子どもたちは「仕事してる」と思っている。間違いではない。けど、複雑
こちらもなにを書いているかは解らない。特に『オスカルな女たち』は読まれても困るので知らせてはいない。だから、仮にTwitterをやっていたとしても拡散(宣伝)はできないし、インスタをやっているけれどそっちは〈むーちょ〉onlyだったりする
なかなか窮屈かもね
でも時々、感想を聞いてみたりすることもある。「こんなの書いたけど、どうだろう?」「やっちまったかなぁ?」などなど…それに対する答えはだいたい「よく解んない」だったり「解りにくい」だったりするので、やっぱりわたしはまだまだなのでしょう。万人に理解されないのでは、小説として成り立たない。でも、わかる人にはわかる…でもいいのかな?

ここ最近は〈提出物〉の添削だったり〈論文〉の組み立てだったり、学校でどうにかすることが面倒な役割がこちらにまわってくる。楽しいけど、子どもの文章レベルが小学生並みでがっかりする。学生時代、自分の論文はまったくお話にならなかったのでそこは仕方ないか…とも思うけれど

ありがたいことに「書けない、書けない」とわたしが日々喚いていたとしても「だってそれ、タダの趣味でしょ」とは言われない。そこが救い。そう言われてしまったら、きっとわたしの性格上ホントに書かなくなってしまいそう。他人に左右される程度のものか…と言われてしまえば情けない話ではあるけれど、でも、身内の言葉って結構シビアに響く。だから身内に自分のしていることを「無駄」と思われるのが一番怖いかも知れない

わたしの妹は、それこそ学生の頃からわたしが夜な夜なバチバチとキーボードを叩いているのを知っているので、そういう要求を遠慮なく投げてくる。そういう要求というのは、子どもらの学校に提出するあらゆる文書をすべてわたしに頼ってくるということ。通知表のコメントやら卒業文集、連絡帳の文言からPTAの文書作成まであらゆる要求がメールで送られてくるのである。彼女はものすごく仕事好きだし商業科を出ているのでパソコンは使える。だからメールや口頭でわたしが言うことをカンニングよろしく打ち込み、書きこむだけだ。わたしは2児の母ではあるが、子どもが5人いる生活をしている。うすうす感づいている妹の子どもたちも、しばしば〈作文〉の宿題やら〈感想文〉等の文書を要する提出物に関しての、お問い合わせが殺到する。もうお気づきかとは思うが、妹は国語ができないだけじゃない。お勉強全般がダメな子です

「書けない、書けない」いってちゃダメなんだろうなぁと思う。だってそれ呪文になっちゃうもんね。だからといってできもしないのに「書けた」とも言えない。ここ一か月『オスカルな女たち』に関してだけ筆がちょぼちょぼになっている。だいぶ焦って来た。神さまが来ない・・・・わけでもない、他は書けてるから
なにかが足りてないんだろうなぁ…と思う。気分転換に出掛けるか…でも、どこに? なにしに? ん~(。-_-。)って感じ。でもきっと、なにかとっかかりがあればね
気分転換はできている(…はず)。他にもいろいろ書けているから。飽きちゃったの? いやいやそれはまずいよね…なんてひとりボケ突っ込みの毎日です

やり切るためにはじめたnote…だから、途中で投げ出すことはしません。産みの苦しみを感じるのも〈書くひと〉的には必要なことだと今は思いたい。この苦しみがきっと、仕上がったとき倍の悦びになって返ってくるはずだから! それを信じて、神さまを待ちます(⇐これでいいのか!?)

ま、そんなものよね














いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです