運動嫌いが週3ジム通いする理由

学校の聞き慣れたメロディーのチャイムが鳴る。運動場で集合と挨拶、準備体操のストレッチ。楽しそうな友人と、どんよりした私。
私は体育の時間がとても苦手だった。まず足が遅い。50メートル走では10秒をきれたことがない。長距離走も遅い方から数えて10番以内だった。
球技もダメ。ドッヂボールはずーっと逃げ回ってて最後の一人になって、かといってボールを取れなければ賊扱い。
できないのがわかっているのに無理矢理入れられたチームで、やっぱりできなければ嫌々組んであげたのにとチームメイトから文句を言われる。
できていないのが自分でもわかっているのに、皆の前で発表させられて晒し者にされ、やっぱりできていないのを笑われる。
体育の授業は公開処刑の時間だった。

国語や算数や理科の時間は、当てられて答えを間違えても先生は「間違いを笑ってはいけない」と言う。だけど体育の時間はできないと笑われて文句を言われたし、それが許されていた。それどころか教師が率先して揶揄していた。
算数の問題が解けないと解き方を説明するのに、逆上がりができなければ「根性が足りない」と説教されるのも嫌だった。下を向いて心を無にして、いかにして時間が過ぎるのを待つか。それが体育の授業。
そしていつの間にか運動自体が嫌いになっていった。

しかし体は正直だ。
学校で十分に運動嫌いになったので、学校を卒業してからは駅まで自転車をこぐ程度の運動らしい運動をしなかった。
勉強や仕事でずっと椅子に座って、本やパソコンを見続ける生活を送っていたら、目が回るようになってしまった。
少し休めば治るだろうと、栄養のある食事を摂って十分な休養をとっても一向によくならない。
医者に診てもらうとめまい症と診断された。
そして運動不足だとめまいを起こしやすくなるので、ヨガでもいい、なんでもいい、体を動かすことを勧められた。

私の中に、ぞくっとした感覚が蘇った。運動には嫌な思い出しかない。できないのがわかっているのに、やらされて笑われ責められる恐怖。私の心は医者の言葉にものすごく反発した。
嫌だ嫌だ、やーりーたーくーなーいー……。
そうは思うけれども、目が回るは止まってはくれない。
この先の長い人生をめまいで辛い思いをしながら生きるのか。もしかしたら、体を動かせば、めまいは止むかもしれない。
……。
ヨガでもいいなら。
しぶしぶだけれども会社帰りに行けそうなところを探してみた。
通勤ルートの乗換駅にある初めてのジムはビルの中にある個人でやっているところに体験に行くことにした。

お世辞にも綺麗とは言えないビルの階段を登って着いたのは、8畳ほどのスタジオに詰め込まれた機械とマット。ストレッチをするにも順番待ちをしている状態だった。
うーん…。そもそも着替える場所すらない。とりあえずトイレで着替えてくれとのことだった。そもそも男女共用で1つしかないので着替えてる最中でもドアをノックされる。落ち着かない。着替えてスタジオに戻るも、何をしてよいのかわからない。ストレッチしようにもマットは満員だし、空いているのはトレーニング用の器械だけ。でも初心者がいきなり扱えるものではない。
そのうちにトレーナーを名乗る人が現れて、メニュー用紙を渡し、器具の説明をし、マットの場所を空けてくれた。とりあえずストレッチをしていると、見かねた周りの人が進め方を教えてくれた。
ストレッチをし、次にあれとあのマシン、最後にランニングマシーン、クールダウンのストレッチ。8畳に10人ほどがひしめいている空間での初めてのトレーニング。初めのうちはトレーナーも気にして、新しい器具を使うときはついていてくれたが、つきっきりというわけにはいかないのだろう。すぐに他の人のところに行ってしまう。私は紙に書かれたメニューの単語がわからず、何をしていいのかわからない。立ち尽くしているとトレーナーがやってきて、まだアレをやっていないのかと鼻で笑いながら指示を出して、私がそれをやる…の繰り返しだった。
過ぎし日の嫌な記憶が胸をよぎった。最後にランニングマシンで20分走って終わり。最後に楽しかったか、続けられそうかとトレーナーに聞かれ、お茶を濁した回答をして、帰宅の途についた。楽しくなかった。こうして私のジムデビューは失敗に終わった。

このままジムを続ける?やめる?

考えた結果、私のとった行動は「他のジムに行ってみる」だった。

今度は大手のスポーツジムに行ってみよう。仕事帰りに寄れて更衣室があるところ…。たまたま会社の福利厚生の冊子に載っていたスポーツジムが、ありがたいことに福利厚生で都度払い利用ができるようだった。都度払いなら続けられなくても痛手は浅くて済む。軽い気持ちで行けば良いのだと自分に言い聞かせて、次のジムのドアを開けた。

2軒目のジムは中堅どころの会社で、ちょうど行ったところが旗艦店らしく、系列の中でも立地設備も充実していると気合が入っているらしかった。ここは初回はスタッフさんがついてやり方を教えてくれて、次からは自分でやるスタイルだった。2回目以降も声をかければやり方を教えてくれる。基本放置だけれど必要な時に声をかければ良いスタイルは私には合っていた。
そこに
2回目こそ少し戸惑いはあったものの、とりあえず先週と同じメニューをこなし、使い方のわからない器具はyoutubeでやり方を調べて次週に備える…を繰り返し1ヶ月が経った。

体は正直だ。週に1度しかトレーニングをしていない。にも関わらず、腹筋に力を入れた時に、はっきりと存在がわかったのだ。今まで腹筋運動は全くできなくて、中学校の時の体力テストでは3回という学年ビリだったし、母親に腹筋に力を入れてフンッてしてーと言われても全く理解できず根性が足りないと10年以上言われ続け、私には存在していないのではないか…と思っていた腹筋の存在がありありとそこにあった。

感動した。

私にも腹筋あったんだ…初めまして腹筋…。
トレーニングが少し楽しくなってきた。

トレーニングの傍らで、一つ気になっていたことがある。
レッスンの存在だ。エアロビクスやズンバなどの、皆んなで一緒にするアレ。
傍目に見ていて、キャッキャとしていて、楽しそうでちょっとやってみたいなと思っていた。でも体力ないしな…と諦めつつレッスン一覧を見ていると、ヨガの文字が目に入った。ヨガならできるかもしれない…。
そう思って翌週、ヨガの時間に思い切ってスタジオに入ってみた。
講師の先生に「初めてなんですが大丈夫ですか?」と声をかけてみると、
初めてなんですか!?来てくれて嬉しい〜!ありがとう〜!
と、満面の笑みで迎え入れてくれた。
衝撃だった。
先生はもともとバレエを教えていて、このヨガのレッスンもバレエの要素を取り入れているのだそう。
興味もあってそのまま参加することにした。

流れる柔らかな音楽に合わせて、柔らかにしなやかに、伸ばして飛んで、身体を動かしていく。
こんな世界もあったのか…
ところどころ、先生がまわってきては手の位置を直してくれる。
でもその後は必ずポジティブな言葉をかけて褒めてくれる。
ああいう言葉は、元々できる人たちが内輪でかけあうもので、まさか自分がそれを受け取る立場になるなんて思ってもみなかった。
驚きとそれ以上に嬉しさが込み上げてきた。


程よく汗ばむ程度の運動が、こんなにも楽しいなんて思ってもみなかった。
体育の授業でも、わずかながら楽しいと思える瞬間はあったはずなのに、どうして運動が嫌いになってしまったのだろう。

自分なりにできた!と思えた瞬間は確かに楽しかった。でもその後に、「変な回り方〜w」「おっそwww」と指差し笑われる。
今思えば、運動そのものよりもその空気に耐えられなかったのだ。

スポーツジムでは私が経験してきたものと全てが真逆だった。
ここには自分のためにきている人が多い。だから意識は自分に向いていて他人に気を向けない。見るのは鏡の中の自分。他人ができていなくても自分には関係ない。
基本的には干渉しないけれど良い雰囲気でレッスンを受けようとする距離感は私にはとても心地よかった。
ヨガのレッスンのためにスポーツジムに毎週通うようになった。
こんなに楽しく運動できるなんて思ってもみなかった。

コロナでの休業要請でスポーツジムは2ヶ月ほど休業、初心者の私を暖かく迎え入れてくれたヨガのレッスンはまだ再開していない。
6月になってスポーツジムが再開してから週に3回のペースで通っている。
体が鈍っているというのもあって体を動かしたい欲が溜まっていたのが面白いほどにわかるようになった。
そして家にいるとついダラダラとネットをしながらお菓子を食べたりしてしまい、夜になって無駄な一日を過ごしてしまったと後悔することも多かった。
昼間にジムに行ってしまえば、その事実が後悔を防いでくれるので精神衛生もよくすごせるようになった。
そしていざジムに行くと、顔見知りのスタッフさんたちがとても喜んでくれた。
ヨガのレッスンだけではなくジム全体が暖かく迎え入れる雰囲気に満ちている。
新しい居場所ができた気分だ。

外出自粛要請によって、体型や体重が気になりだして運動を始める人も多いと思う。初心者や運動苦手でも大丈夫だと、暖かくポジティブに迎え入れてくれるスポーツジムの皆さんに感謝と応援の意を込めて、今日もジムに足を運ぶ。

#応援したいスポーツ