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タスマニア 時を旅する その五

オートランズ…あわや宿無し

 クレイドル山のような観光地には高級リゾートホテルか、バックパッカー向けのドミトリーか宿泊施設は両極端で、その中間がない。ヨシオのようなシニアにとってドミトリーはやはりしんどい。日本の地方都市ならどこにでもあるビジネスホテルのような宿泊施設が見当たらない。
 ヨシオはタスマニアで毎日、2日後のホテルをネットで予約して旅していた。毎日ホテルを変えていくと荷造りして移動するだけになってしまうからだ。

タスマニアンデビルを売りにした動物園は各地にあった。愛嬌のある顔なのだが、ギャーギャーわめいたりの仕草が凶暴に見えるから「デビル」となったのだろう。普通なら「タスマニアンドッグ」と名付けられただろうに。ただ、デビルの名をもらったお陰ですっかり人気者になってしまった

 クレイドル山の天国から、ヨシオは半日かけて島中東部にあるオートランズという街にハンドルを切った。
 西の山岳部を抜けると平野部の気楽なドライブが続く。

いたずら好きなカササギ。オーストラリアのどこでも見かける。気の強い鳥で現地では「マグパイ(英語でカササギ)アタック」と言って不用意に巣に近づくと人に襲いかかる。しかし鳴き声は変化に富んでいて歌うように美しい

 このオートランズでヨシオはこの旅一番のトラブルに遭ってしまった。予約サイトから確認メールも届いたホテルだったが、部屋に入ることができないのだ。
 どういうことかと言うと、ホテルと思って訪れたもののレセプションなどはなく、通り沿いに数件の平屋が並んでいるだけで、指定された部屋のドアに4桁のコードを入力して解錠する無人コテージだった。宿泊当日に届くはずの部屋番号やコードがメール送信されてこなかった。
 オロオロしているヨシオを見かねた別室のオーストラリア人夫婦が「メールかショートメッセージは届いてないか?」と声をかけてくれた。しかしヨシオが理解できた英語はそこまでだった。

オートランズ北隣の街ロス。延々と続く牧草地帯に緑の街路樹の通りが現れる。ジブリは否定しているらしいが、「魔女の宅配便」のモデルとなったベーカリーがあるとされている。街路樹がここまで育つには入植時からの時間を要しただろう

 親切な夫婦で知り合いの日本人に電話でつないでくれたり、近くのホテルにまで出向いてヨシオを泊めてくれるよう交渉してくれたり。疲れていたヨシオはすでにヨレヨレ。
     小一時間のドタバタの挙げ句、この夫婦はコードを入手したらしく元のホテルに戻って「この番号を入力したらいい」とヨシオにメモを渡してくれた。
 部屋のキーはガシャと解錠し、ヨシオは宿無しの危機を脱したのだった。

 David・Allenさん、どうやったの? 教えてもらったアドレスにお礼のメールを送ったのに届きません! 

オートランズの朝。街並みに入植時代の素朴な面影を残す
復元された粉ひき水車がオートランズのシンボルとなっている

 翌朝、オートランズは暖かい霧に包まれていた。ヨシオは晴れるのを待って、車のキーを回した。

シニアの旅に挑戦しながら、旅行記や短編小説を書きます。写真も好きで、歴史へのこだわりも。新聞社時代の裏話もたまに登場します。「面白そう」と思われたら、ご支援を!