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Fake,Face 2

 熱い紅茶をいれ、焼いた食パンにブルーベリーのジャムを塗る。プレーンヨーグルトにベランダで育てているスペアミントの葉をちぎって落とす。
このときいつもヨシオは指先のミントの青い香りを確かめた。ゆで卵は妻が1個残していてくれた。
 テレビには外国の歴史番組にしょっちゅう登場する人物の白黒映像が映っていた。
 突っかかるようなドイツ語が音量を抑えたテレビから流れている。
 「またこの男か」
 コントラストの強いコマ送りのような記録映画は、アドルフ・ヒトラーとナチスドイツのものだった。
 NHKや英国のBBCはドキュメンタリーもののタイトルのワンカットに、必ずこの人物を入れる。数えたわけではないが、衛星放送でこの男の登場回数は現職のアメリカ大統領を上回るのではないか。
 彼とドイツ、第2次大戦の軌跡は、世界史を語る上で欠かすことはできないから、歴史番組にヒトラーが繰り返し取り上げられるのは当然ではある。番組にヒトラーの絵をはめ込めば、ドキュメンタリーがぐっと現実味を帯びる。
 画面を観ていたヨシオは
 「あれっ」
 と聞き取れないほどのつぶやきとともに、トーストを持つ手を止めた。
 角張った軍帽を目深にかぶり派手な身振りで演説する男の映像に、ヨシオは目まいにも似た異様な違和感を覚えた。
 「顔が違う」
 鼻の下のちょび髭がないとか、我の強そうな鼻の形が違うとか、そんな類いではなく、鉤十字の旗を背景にして隙のない軍服に身を固め、腕を激しく振り回しながら演説している男の顔は、ヒトラーではなかった。誰もが見覚えのある別人だった。

シニアの旅に挑戦しながら、旅行記や短編小説を書きます。写真も好きで、歴史へのこだわりも。新聞社時代の裏話もたまに登場します。「面白そう」と思われたら、ご支援を!