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Fake,Face 1

テレビはサッカー中継になっていて、大相撲の白鵬がゴール前で鋭く切り返しきれいなゴールを決めた。抜かれた相手チームのデフェンスは安倍晋三だった。白鵬の腕が目を突いたと審判のバラク・オバマに激しく詰め寄って、選手らは入り乱れて騒然となった。ボールを持って何やら叫んでいるゴールキーパーはパブロ・ピカソで、モハメド・アリは騒ぎから離れて水を飲んでいた

 睡眠時間は十分とったのに、ワタナベヨシオは頭を枕に沈めたまましばしの惰眠に身を任せた。一度目覚めてからトイレに立ち、短い二度寝の間にときどき奇妙な夢を見る。
 会社をリタイアしてからというもの、起床時間は毎月数分ずつ延びて、ここ2、3年で 現役時代から2時間は遅くなった。
 
 長年働いてきたのだからちょっとぐらい怠けるのは許されてもいいだろうと、ヨシオはいつも内心でつぶやいている。
働く義務がないのに、怠けるなんてあるのだろうか。
趣味に旅行にと、リタイア前にはあれこれ楽しみにしていたものの、年金暮らしの現実に直面するとヨシオは次第に引っ込み思案になってしまった。
 偶数月の15日に振り込まれる年金額では、現役時代の生活水準を続けることはできない。そんなことはサラリーマンの常識なので、退職を前に気持ちの整理とか備えはしてきたつもりだったが、いざその人になってしまうとなかなかその人になりきれないヨシオだった。
 妻のキョウコは会社勤めの夫を支える役割から解放されたように、習い事や友達とのランチなんかに出かけるようになった。2人の子どもはとっくに独立して遠方で暮らしている。

 妻が出かけた後、ヨシオは一人で遅い朝食を用意しながら、いつものようにテレビをつけニュースやワイドショーをリモコンで切り替える。料理は苦にならないタイプだった。
 たまたま画面には衛星放送のドキュメンタリー番組が映っていた。何かの再放送かもしれなかった。東西の歴史物、とりわけ近代史や戦争の記録類がヨシオの興味を引いた。
 彼の亡父は太平洋戦争の激戦地、南太平洋の島からの生還者だったことも影響していたのかもしれない。
 酔った父が時折語る戦時の話を聞いて育った。母は何かにつけ、大戦中の隣組や勤労動員の思い出を語っていた。
 父母にとっての戦争は、ついさっきまでの現実だった。戦後生まれのヨシオにとって第2次大戦は過去であり歴史なのだが、徳川時代や明治維新などと一緒の、歴史とするには、ためらいがあった。 
 親たちの体験からあの時代のにおいを濃く感じていたからだろう。
 十代は学生運動の気配が残るキャンパスで、社会や時代の進路を論じた世代でもあった。政治とか社会と距離を置こうとする風潮に若いヨシオは反発していた。就職活動を意識するようになってからは、どこにでもいる学生だった。

シニアの旅に挑戦しながら、旅行記や短編小説を書きます。写真も好きで、歴史へのこだわりも。新聞社時代の裏話もたまに登場します。「面白そう」と思われたら、ご支援を!