見出し画像

0円で読める書評1『生きのびるための事務』(坂口恭平・道草晴子)

はじめに

「好きなことだけやって生きていけたら」
 そう願いつつも、それができずに不満だらけの人生を送っている人は多いと思います。そんな人にぜひおすすめしたい本です。

紹介

 本書は、雑誌「POPEYE」にウェブ連載されたマンガです。坂口恭平さんが原作者で、道草晴子さんがマンガを描いています。
 知らないひとのために坂口さんについて紹介しておきます。彼はもはや日本でただ一人しかいないような「わけがわからない人」になっています。どういえばいいのか分かりませんが、ともかく「創作でメシを食っている人」です。絵を描き、小説やエッセイを書き、実用書も書き、自作曲も発表し、自殺相談窓口「いのっちの電話」も開設しています。やりたいことをぜんぶやっていて、どれにもそれなりの需要がある。年収も一千万円をこえているそうです。考えようによっては、これって理想的な人生じゃなかろうか。「自分もそんな風になりたい」と思うひとは多いはずです。

 本書は、大学は出たものの、就職はしなかった(23歳ごろの)坂口さんを主人公にして、無名の存在にすぎなかった彼がどうやって人生を切りひらいていったかを描いたものです。
 カギとなるのは《事務》です。《事務》をきちんとやっていけば、何もこわくない。かならずうまくいく。坂口さんは居候のジムくんに《事務》のやり方を教わり、そのとおりにものごとを進めていきます。するといつの間にか、理想の人生が実現していたというのです。
 このジムくんというのは、坂口さんの脳内イメージをキャラクター化したものだと思います。ナゾの外人です。坂口さんのことをいつもはげましてくれる。決してネガティブなことは言わない。いつでも《事務》のことばかり考えているのです。

 では、《事務》とは何をすることなのか。
 ジムくんは「量を整えること」と説明します。もっと具体的な例をあげるならば、「お金」と「時間」の「量を整える」のです。
 坂口さんは大卒の無職で、時間はたくさんあるけれど、お金はない。でもいやな仕事をするつもりはない。好きなことだけやっていたい。そう思っています。まじめなひとが聞いたら説教をかましそうな生活ですが、ここに《事務》がくわわれば、なんとかなってしまうのです。

 ジムくんは、まず毎月の生活費をはっきりさせるところから《事務》をスタートさせます。23歳当時の坂口さんは、毎月11万1千円の生活費を必要としていた。ただし、そのうちの3万4千円は奨学金の返却と年金の支払いにあてていた。これは返還猶予の申請ができるから、それをしてしまえば、毎月7万7千円だけ稼げばよいことになります。
 坂口さんはイベントの手伝いのバイトを知っていました。日給3万円と、たいへん割のよい仕事だったので、月に4日も働けばむしろ余裕ができるくらいになります。
 ほら、お金の問題がはやくも解決してしまいました。

 次に「時間」の「量を整え」ます。これもかんたんで、円グラフを書くだけです。
 円グラフを24時間にみたてて、将来の自分はどんな一日をすごしたいか、それを書いてみればいい。坂口さんは、8時間寝て、4時間執筆して、2時間絵を描いて、4時間音楽活動をするというスケジュールを立ててみました。あとは本を読んだり、散歩したり。
 理想の生活がそれだったら、あとは実行あるのみです。

 いやいや。ちょっと待って。
 そう思うひともいることでしょう。
「まだプロにもなっていないよね? 発表するあてもないのにそんな生活を送っても意味なくない?」
 そんなもっともな疑問にもジムくんは答えてくれます。
 表現活動をしたいのならば、まず作らなきゃ、そしてそれを継続しなければ始まりません。好きなことを10年続けられたら、それは才能です。あとは「評価」を得るためにまた《事務》を考えてみたらよいのです。

 こうして、ジムくんと《事務》にみちびかれて、坂口さんは着々とみずからの道を開拓していきます。これより細かいことは、ぜひ本書を読んでみてください。

私の感想

 ジムくんが言った「どんな無名な曲でも、誰かが愛する」という言葉が、私にジンときました。
 坂口さんはビートルズでいえば「You Won't See Me」のような、あまり知られていない曲が好きなのだそうです。私はビートルズどころか、ジャスティン・タウンズ・アールという無名とまでは言いませんが、あまり知られないまま亡くなってしまった歌手が好きです。CDは出ていますが、たぶん日本でも数人か、数十人くらいしかファンがいないのではないだろうか。
 ギターの伴奏が独特な感じで、個性があるのですが、歌はおせじにもうまいとは言えません。ひとさまの見た目についてどうこう言いたくはないのですが、すくなくともスター性とかカリスマ性とかはないと思います。
 でもすごく好きなんです。ふつうのひとが気にするような、うまいとかヘタとか、そんなことにはとらわれずに彼は歌っていたと思う。私はそれを応援したい。まあ死んでしまったんですけどね。
 いま何かやりたいことがあって、「でも才能がないからなあ」と思っているひとがいたら、ぜひ本書を読んでみてほしい。「お金」と「時間」について《事務》をきちんと考えておけば、よけいな心配はなくやりたいことができるはず。それを続けていけば、きっとあなたの創るものを愛するひとが現れるはず。
 そんな坂口さんみたいなひとが増えたら、世のなかはもっと楽しくなりそうな気がします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?