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11歳の自炊、記憶のパズル

今日も1日お疲れです。ぐだぐだのくだです。
台風でびしょ濡れです。皆さん風邪ひかないようによーに。
こういう日は友達と嵐の中傘捨てて歌いながら帰った時のことを思い出す。腹が捩れるまで笑ったな。そいつのことも今度書こうかね。きっと皆が好きになる。

さてさて

料理が好きな自分ですが、初めての自炊をしたのはそうせざるを得ない事情があって、これまでの記事を見てもらえると分かります。

3万円を渡されて兄と2人暮らししていた頃、最初は近所のお弁当屋さんで買うか、それとも行きつけのローソンで弁当を買うかの2択でした。行きつけのローソンて笑弁当屋はまだしもローソンには深夜に行く事も多々あったから、いつもいる店長さんはきっと不審に思ってたに違いないよね。今思うと通報されずに済んでたのは温情だったのかも。

でも毎日2択しか無いと飽きてくる訳でして。
デリバリーに目を向けるも当時実家まで宅配している
場所はチラシで入っているガストしか知らなかったんです。ミックスグリル食べまくった記憶が。

あとはたまに深夜1時とか2時とかに駅前まで行って松屋でハンバーグ定食を食べる
という食生活だったのだけれども、何も考えてなかった事ですぐにお金が足りなくなってきてね、こりゃまずいと思って始めたのが自炊なんよ。

とは言え何の知識も無いので5食入りのインスタントラーメンを作る所から始まる訳なんだけど、炊飯器はあったので米買ってみるかと思って米を炊き始めてから世界が広がっていきました。米安いからね。
白米に明太子やらごま昆布やら乗っけて食べてみたり、そのうちチャーハンを作るようになり、ラーメンの粉スープで炊き込みにして余った麺を焼きそばにするだとか、普通に焼きそば作ったり、飽きたらそば飯にしてみたり(そばメシって神戸のローカル食らしい)そういうアレンジ精神に火がついていく訳です。

そうすると自然と食材をストックしたり、保存がどの程度持つかなどの知識が身に付いていくんよね。
レンチンを覚えて更に広がってくしさ。
その頃は料理好きとかそういう気持ちは無くて、ただ3万円をいかに節約して遊ぶ金にするか、ということに注力していた訳だけれども。

料理が好きになるのは高校生になってからなんだけど、それはまた今度書きます。

その間にもこないだ書いた通り施設に行ったり逃げ出したりを繰り返しているわけで、そうやって生活してた。兄貴はどうしてたんやろ。一緒に食べて無かったから知らんけど、一緒に食べればよかったなぁ。こんなに家族で一緒に食卓を囲む機会って少ないんだなって知らなかったよね。


さて、傘捨てて帰るかー
駅着いたー👋

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