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「医療崩壊 真犯人は誰だ」鈴木亘著 書評

<概要>

社会保障の専門家である経済学者が、最新の情報に基づいて新型コロナ対応の医療体制のほんとうの問題点と改善点を紹介した新書。

<コメント>

数あるコロナ関連の著書の中で本書を選んだのは、私の敬愛する学者の1人「鈴木亘さん」の著作だから。

 さて、本書によれば、想定された「容疑者」別に整理すると以下のようになりました。

容疑者1:少ない医療スタッフ   ✖️
容疑者2:多すぎる民間病院    ✖️
容疑者3:小規模の病院      ◎
容疑者4:フル稼働できない大病院 ○
容疑者5:病院間の不連携     ◎
容疑者6:地域医療構想の呪縛   ◎
容疑者7:政府のガバナンス不足  ◎

 よく言われれた「病床は多くてもスタッフが少ない(容疑者1)、民間病院が多いから行政がコントロールできず医療逼迫を招いた(容疑者2)」に対し、医療スタッフの絶対数は多いにもかかわらず、有事に対応する法律の未整備(容疑者7)や病院間の連携不足(容疑者5)、選挙に大きな影響力を持つ医師会など医療業界への政治家の遠慮から活用が進まなかった(容疑者7)、というのが本当の理由。

そして民間病院が全体の70%と非常に多い(容疑者3)、つまり人口あたりの病院数が多いため、規模の利益が働かないのも大きな理由。

非常時の病床・医療スタッフ・医療機材の手当などが中小病院では難しいため、結果として対応可能かつ対応意欲のある、一部大病院にコロナ患者が偏ってしまって医療逼迫につながってしまったらしい。

本書より引用

なぜ中小病院が多いかというと、戦後の財政不足の中、民間に頼って病院を増やしてもらうしかなかったため、民間病院が中心になってしまったと著者は言います。大病院も民間の開業医が業容拡大した結果としての大病院が多く、結果的になかなか増大しなかったというのが原因。 

小規模病院が多いというのは医師会の政治的影響力が大きいということ。なので(組織票を気にする)厚生労働大臣(=政治家)が強く医師会に依頼できない、という構図。

中小・零細ばかりでなかなか大規模化せず、生産性が低いままでいるという問題は、我が国の社会福祉(介護、保育)や教育(私立学校、幼稚園)、農業、漁業、中小企業などにも共通した問題です。数(投票数)が多いことが業界団体としての力の源泉となっているため、政治的になかなか解決が難しい点も同様(第4章より)

コロナ病床数を拡大するためには、大病院にコロナ患者を集約して、コロナ以外の患者を中小病院にて任させるなどの病院間の連携が有効で、実際イギリスやドイツなどは実現していますが、日本では病院間の連携が希薄(容疑者5・6)なので、なかなかこれができない。

かといって大型病院も例えば国立病院・旧社保庁系病院のコロナ病床も5%程度で、尾身会長が理事長を務める地域医療推進機構の病院グループでさえ5.7%しかありません。しかもこれら病院に対して田村厚生労働大臣は「お願いベース」でしか依頼ができないのです。

こうやって医療業界をみると、国民皆保険という成功事例がある反面、業界が強力な政治権力を保持しているのでなかなか改革が進まない状況が表面化しているように感じます。

かといって行政側の方に問題がないわけでもありません。読んでいて一番深刻だなと思ったのは、国と地方の間での権限と予算、責任の関係がバラバラなこと。基本は地方自治体が制御すべきなのに、予算は国が使途をコントロールしているので、地方公共団体も思うようにお金が活用できません。

医療機関に言うことを聞かせるための「武器」(法律や予算、診療報酬)は全部、厚生労働省が持っています。もちろん、今回の緊急包括支援交付金などは、都道府県が支出を決めて国に請求する形式をとっていますが、細かい仕様は全て厚生労働省が決めていて、都道府県の裁量余地はほとんどありません。

それではどのような改革を実行すれば、医療逼迫は防止できるのでしょう。著者によれば、 

【非常事態に病院等の医療機関に命令できる法律を制定すること】

コロナ患者を強制的に受け入れる法律を制定し、公的病院は当然ながら、民間病院に必要患者数を受け入れさせる。

【病院の役割分担を明確にし、病院のフリーアクセスを制御すること】

中小病院と大病院の役割分担を明確にさせ、初診は国民ごとに特定したかかりつけ医のみに限定すること。大病院は病気ごとなどの特性別に役割分担を明確にすること。この枠組みによって感染症の状況に応じた役割分担を明確化しやすくなるといいます。 

【政府と地方公共団体の役割と責任と権限を明確にし、予算はその責任と権限に応じて配分すること】 

以上の改革を行うことで、非常時の体制はもちろん平時の医療体制についても、より低いコストで、より国民に寄り添った医療体制につながるはず。 

なお、松本市の松本医療圏や杉並区の田中区長のリーダーシップ、墨田区保健所主導の入院待機者ゼロ体制の構築などは、改革を待たずにできる「役割分担明確化・ガバナンス強化の好事例」として紹介されています。

これらの好事例に共通しているのは、

①関係者同士の人と人との直接コミュニケーションが定例会含めて頻繁に実施され、信頼関係が醸成されて、あらゆる情報が見える化・共有化されていること
②リーダーシップを発揮できる責任者がいること

 ぜひ他の自治体も参考にしてほしいと思います。

*写真:伊豆半島韮山より富士を望む(2021年12月撮影)

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