臆病者、1番前になる

小学生の頃、背が低かった。小6になっても130cmに届かないチビで、中学を卒業するまで背の順で並ぶ時は、1番前だった。

と、今日はそんな劣等感剥き出しの話をしたいわけではない。
今更ながら水樹奈々さんのライブを観に行った話を書きたかったので、したためる。
最初に断っておくが、セットリストやその曲毎のレビューはない。それは僕より詳しく、得意な方が書いているに違いないので、そちらを読んでいただきたい。

去る1月19日、20日。さいたまスーパーアリーナで、6年ぶりとなるNANA MIZUKI LIVE GRACE OPUSⅢ が開催された。
水樹奈々さん(以下、奈々さん)の楽曲をオーケストラアレンジで楽しむ、いつもとは違う趣向の催し。
今回は通称:炎の指揮者こと、藤野浩一氏と、東京フィルハーモニー交響楽団を率いた2days公演という大変豪華な編成と日程で行われた。
僕はファンクラブ先行で申し込み、両日当選した。

19日(1日目)は400レベルの本当に舞台横。かろうじてオーケストラを臨める角度。これはこれでスタッフの動きなどがつぶさに見て取れて面白かった。が、僕は奈々さんを観に来ていているので、残念ながらやや物足りないなさはあった。

そして翌20日(2日目)。チケットはAブロックの4列目。これだけでもかなりラッキーな席ポジションである。あとは前に体格の大きな人が来なければ尚良いなと思い入場。

パイプ椅子の背に貼られた座席番号を確認しながら、脚はどんどん前方へ。そして辿り着いた。

まさかの最前列に。

体格の良い人がいないどころか、目の前にはステージしかなかった。
今回のステージはセンターに花道があるものではなく、ややせり出した状態だった。サイド同様にステージと客席の幅を取った結果、センター部分は3列分の座席を削る対応になったようだった。
ステージは高さがあり、その奥の低位置は伺えない。目の前にはレールが敷いてある。
目の前は青い柵で仕切りがされていた。
かぶりつきとはいかないまでも、まごう事なき最前列。

嬉しいサプライズではあるが、僕は戸惑った。どうしていいのか、こんな爺がここに座っていいのか考えた。

「今日アリーナっていってたよね? どこ? ペンライト振ってよ」

友人からそうLINEがきた。いつもなら嬉々として振るペンライトも振れなかった。どうしていいか分からず、SNSに「ヤバい、どうしよう、目の前ステージしかないよおおおお!」という、自慢にしか見えないログを残した。
そんなことやってる暇があれば、ペンライトを振り返せという話である。

気を紛らす為に話しかけたかったが、両隣、言ってしまえば後ろの席も、僕より遥かに若い男女である。殊、隣にいた女の子は「話しかけんな」というオーラバリバリである。生来の臆病者である僕は、だまっている筈だった。
しかし僕は臆病者で馬鹿爺でもあるので、後ろで「なんか今日、会場せまくね?」の言葉に話しかけはおれず、口を開いた。
話していた若者達はかなりフレンドリーだった。が、あまり長々と加わるのもバツが悪いと感じ、再び正面を眺めることへ戻った。

やがて正面、ステージ奥から調弦の音が聴こえてきた。アンプを通さない生音。これだけでもこの場に居る事に対して幸福感、高揚感を味わえる。普段オーケストラコンサートに行くどころか、クラシックも満足に聴かない爺はウキウキである。

何度目かのアナウンスがあり、暗転すると男声多目の歓声が上がり、バンマスの室屋さん、そして指揮者の藤野さんが登壇。
全員拍手で迎える。
藤野さんの背中が真正面。まごう事なく、センター最前列の席に居るのだと確信できた。

1曲目は水樹奈々オリジナルではなく、馴染み深い「『白鳥の湖』より 第2幕<情景>」で開演。サイドの大画面には奈々さんによるOP映像が流れる。(※1年前からバレエを始めた事に因むと公式ブログには後述されていた)

続いて奈々さんオリジナル曲「Glorias Break」のイントロと共に、ステージ奥の時計セットから本人登場。いきなりのフライング。
オーケストラの上を飛び越え、ステージに降り立つ。凄くバランス悪い体勢なのに、いつものライブで聴く安定した声量を平然と発している。 高度だってかなりある。

化け物と言われて久しい奈々さん。今回もいきなりの演出である。
「すげーな。怖くねーのかなー。落ちたらどうするんだろ……」
とハラハラ半分。
長いドレスから少しだけ見える銀のブーツを履いた足が見える。その片足は、左足を上げてバランスをとっているようだった。

ハーネスはかなり簡易なものに見えたが、1曲歌って奈落に下がった際、王冠を外すと同時に取ったのだろうか。

その後も奈々さんはドレスの裾をはためかせながら歌う。
チラリズムという言葉はかつて浅香光代が芝居中、太腿がちらちらと見えたところから来ているそうだ。

目の前の光景を見ていたら、何となくそれらを思い出していた。

さて、オーケストラを従えた形式で進行した今回のライブ。座って楽しむのかと言えば、そうでもない。
オーケストラの演奏でオーケストラアレンジされた曲を奈々さんが歌うライブなので、それ以外は大体普段のライブと変わらない。
だから基本周りは立ち上がるし、ペンライトやサイリウムを振ったり、コールをいれたりする。
今回はそれが真ん前。かつてない程に奈々さんが真正面。近い。時折、奈々さんと目が合う--と思ってしまう人の気持ちがわかるくらい、目の動きがわかる--。
それはそれは年甲斐もなく声出が出た。筋肉が小さくちぎれ、乳酸で満たされていくのを見て見ぬ振りして、僕はペンライトを振った。 周りからしたら、老いた生物が溺れかけて足掻いているように見えたかもしれないが、そんな事はその時気にならなかった。

ステージと客席との数メートル空いたスペースには警備スタッフ(スーツ着用)と撮影スタッフがいた。
僕の前にはまだ若い青年が、柵が倒れたり客が前に出ないよう、柵を支えている。しゃがんで支えているのは辛かろうと思っていたところへ、別のスタッフが彼用に小さな椅子(踏み台か)を持ってきた。彼は上演中、眉ひとつ動かさず、じっと仕事に従事していた。その視点はどこを指していたのだろうか。

彼の後ろではスチール撮影、動画撮影のスタッフが静かに、けれど慌ただしく動いている。
前述のレールの上をカメラを乗せたトロッコが右へ左へと流れていく。スチール撮影のカメラマンはベストショットを虎視眈々と狙っている。奈々さんの出ていない時間が、束の間の休息だ。後半に差し掛かり、オーケストラによる「威風堂々」が演奏された際、奈々さんは衣装替えで下がっていた。スチール撮影の彼は、身体を揺らしながら演奏を聴いていたのが印象的だった。
オーケストラ構成だが、途中から奈々さんの後ろでいつも演奏しているメンバー(cherry boys)が登場。オーケストラとの共演が始まった。当たり前だが、これもまた、近い。演奏している手元がはっきり見える。

後半は「WHAT YOU WANT」「アパッショナート」「GET BACK」「UNLIMITED BEAT」といった、およそオーケストラではやらないであろう激しい曲が続き、ダイレクトにその熱量を味わった。これはアリーナならではというところか。
激しい曲の後に静かな「愛の星」で本編終了。
一旦ステージは暗転。奈々さんも、オーケストラも退場。
しかし終わりでない事は会場にいる誰もが周知している。青いペンライトを前後に、思い思いのタイミングで「奈々コール(アンコールとは言わないのが、水樹奈々ライブの特徴)」をはじめる。
僕の後ろから、いや、左右からも、何千という奈々コールが巨大な音の波になり、覆い被さる。バラバラに聞こえてたそれはいつしか同じタイミングで重なる。ふと振り返れば、そこには数多の青い光が揺れ、宇宙を作っていた。
奈々コールが会場内を包んで数分。奈々さんはじめ演者が再登場。アンコールが始まった。もちろんオーケストラの演奏。

アンコールも2曲で終わり、普段であれば客電がすぐに点くところではあるが、暗転は続き、客席側で「もう1回コール」が響く。予定調和とわかっていても、果たして水樹奈々がそこに出てくるとしても、コールは止まない。
そして再び舞台の袖から出てきた彼女は、客席に向かい笑顔で手を振った。


ダブルアンコールも終わり、終演。
会場をでても、何をどう伝えたら良いのかわからなかった。
友人と落ち合い、けやき広場下の居酒屋で感想会を開いたが、上手く言葉に落とし込めなかった。
よくネットのネタで使われる、ジョジョの奇妙な冒険の「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!」の様に話していた。いや、凄かった…しか言っていなかった気もする。

これは口頭では伝えられないと思ったものの整理がつかず、漸く文字に起こしてみようかという気力が湧き、したためている。

アリーナ最前列は狭い。パイプ椅子1つ分の左右幅。椅子と柵の間は、1人が立てるだけのスペースしかない。
しかし、そこは普段--もしかすると僕にとって、もうないかもしれない--見られない景色がある。そこで感じるものがある。
実に貴重な体験をした1日だった。

もう1つ書くとするならば、それは、絶対今回のDVDは買おうと、心に決めた事である。

#水樹奈々 #LIVE_GRACE #OPUS#さいたまスーパーアリーナ #雑記 #チラシの裏


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?