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短編「造船所の総統さん」

 人骨を材料に船を作るという話を聞いたことがある。
 骨組みに文字通り白骨を使い、皮膚を剥いで帆に……。まったく、恐ろしい話だ。なぜ俺は不意にこんなこと思い出したんだろう。
 本当はオメデタイはずの誕生日も、祝ってくれる家族や友達がいないといつもとなにも変わらない。しけた生活を送っているからこんな不気味なことを考えてしまうのだろうか? 窓からの月光でぼんやりと照らされる中、昨日と同じように薄く硬いベッドの上で目を閉じる。
 二十歳になった日の深夜のことだった。

 俺の住むこの町は海が近くで港が多く、いろいろな国の連中が入港してきた。それはこの町が造船を生業とする技術者にとって聖地的な場所だからだ。長年乗ってきた船でこの町を訪れ、新たな船で出航するというサイクルがここでは定番であった。今日もたくさんの人で賑わい、レンガ作りの家屋の上ではウミネコがミャアミャアと鳴いていた。
 ここいらで一番大きい岬公園では一年に一回、船のフリーマーケットが開催される。
 普段は広場から見えるオーシャンビューぐらいしか取り柄のないこの公園が、たくさんの船舶で溢れかえる様はまさに圧巻。
 そのイベントが一週間先に控えているので準備、および雑用のために俺は駆り出されているというわけだ。
「よお、あんた二十歳になったのかい」
 宣伝ビラ配りのおじさんが話しかけてきた。フリーマーケットは言葉通り、船やそれに付随するパーツなんかを自由に売ったり買ったりする。そこでこの町では、船売りは自分の商品を宣伝するバイトを雇うことがある。それぐらいに客の取り合いは苛烈なのだ。
「二十歳になったら刺青を入れるしきたりだっけ? そんなの従わなくても誰も文句言わないのに、真面目だねぇ」
「まあ決まりだからな」
 彼の言う通り、俺の右の二の腕あたりには青い鯨のマークが刻まれている。真面目と言うよりも、家族が代々続けた風習らしいから、流される様に入れただけなんだが。
「案外気に入ってるよ」
「そうかい。幼い頃に両親亡くしたってのに、こんなに立派になって。お前はすごいやつだよ。今日はどちらへ?」
「総統の造船所、まあ手伝いだな」
 ここの近くには「総統」と呼ばれている人の造船所がある。なかなかの高齢で、この街の造船技術を発展させた第一人者らしい。職人気質の頑固者だが町中の人間から慕われている男だ。ちなみに俺は直接話したことはない。
「じゃあ気をつけてな」
「気をつける?」
 俺みたいな下っ端は「気をつけないといけないような仕事はさせてもらえないよ」と笑って返事をするとおじさんは頭を振った。
「そうじゃない、総統のことだ。今ではあんな感じだが昔は黒い噂が絶えなかったとか」
 その目はいたって真剣だった。
「人はそう簡単には、変われないよ」
「わかった、わかった。気をつける」
 俺は会話を切り上げて足早に去った。時間に遅れてしまいそうだったからだ。
 それにしても意外な話を聞いた。あの総統に黒い噂? 人からそんな話聞いたこともない。
「給食費でも盗んだのか?」
 どうせ大したことじゃないだろう。ほとんど使う予定のない工具箱を片手に、造船所に向かった。
 
「お前が……。そうか、よく来たな」
 総統は俺を無愛想に迎えた。体は痩せ細っていて力強さはないが、目には光が宿っていて鋭い。「来い」と促されて赤く錆びた扉の中に入っていった。
 造船所の中は薄暗く、何だかよくわからない文章が走り書きしてある紙が散乱していて足の踏み場もない。総統がスイッチを入れる。すると至る所に設置してあった電球が一斉にピカッと光った。
 先ほどまで見えなかった壁中にかけてある工具や部品、作りかけの船のようなものが見えるようになった。さっきまで洞穴だった場所は秘密基地を思わせる佇まいに変わるのだ。
「一旦、ここの片付けをしてほしい」
「聞いてはいましたけれど、本当に雑用ですね」
「なに、これが済めば他にも仕事はある」
 俺の気持ちなど意に介さず、総統は出て行ってしまった。
 そこからは大変だった。片付けをしようにもどこから手をつければいいのかわからない有様だったからだ。とりあえずそこら中に落ちている古紙をまとめ、使いっぱなしにされた道具達をそれとなく整理した。「勝手に動かしたら怒鳴られやしないだろうか」と考えたが、そんなことを気にしていたらここの混沌は一生収まらないだろうと割り切った。
 四苦八苦しているうちにだんだん手が慣れてきて、無心で場の整頓ができるようになってきた。
 造船所内を見回っていると不思議なものを目にした。それは白い船だった。
 最初はボロ布がかぶせられていて分からなかったが、ボートほどのサイズの一隻の小船。作りかけには見えない。しっかり船としての形を成している。でも使われたような形跡もなく、明らかに造船所の雰囲気に合っていないように見えた。
 俺はその船に乗ってみた。出来心だった。こんなに片付けに貢献しているのだから、少しくらいいいだろう。俺が体重を預けると、船はギシイと音を立てて歪んだ。まずい、と思ったが船はなんとか大丈夫そうだ。くつろぐようにしてもたれかかっていると大海原を航海している気分になった。
「いつかは自分の作った船でどこか遠くに行ってみたいな」
 俺の直近の夢なのだ。
 船を観察していると、先頭のあたりに奇妙なダイアルのようなものを見つけた。まるで受話器の外された黒電話のようだった。
「なんだ、これは。回すとなにが起きる?」
 造船所で見慣れないものをたくさん見るうちに、俺の好奇心は子供の用に膨れ上がっていた。気が付くとダイアルに手をかけ、ギリリと回した。一度回しただけでは反応がなかったので、適当に何回か回してみた。
 七回だか、八回ほど回したころ。船体がかすかに震え始めたのに気が付いた。知らない機械に触る恐怖感がなかったわけではない。ただそれよりも、この町の造船の第一人者である男がいったいどんな機構をこの船に施したのかが気になった。
 船体が光を帯び始め、不安定に揺れ始めた。次第に揺れは異常なまで激しくなった。先ほどまでは揺れるたびギシギシと音を立てていたのに、そのうちなんの音も聞こえなくなった。不思議に思ったので上半身を乗り出し、船底を見ると、船体がわずかに浮遊していた。
 ああそうか、この船には普通ではない。常軌を逸した技術を使われているのだ、そう察するのに少し時間がかかった。
「まずい! 降りないと……!」
 手遅れだった。船は見てはいられないほどの閃光を放ちながら俺を造船所から遠く離れた「どこか」へと連れて行った。
 
 目を覚ますと俺は夜の砂浜で寝そべっていた。造船所からは大して離れていない。ここから視認できるくらいの距離だ。
「なんだ、ちょっとした距離を瞬間移動する機能なのか? この船についているのは」
 例の船は俺の横に佇んでいる。どうやら俺は船から弾き飛ばされたらしい。確かにすごい技術かもしれないが、こんな短距離移動をする意味がどこにあるのだろうか。おそらく、きっとこの船は試作なのだろう。総統の技術が進歩すればもっと遠い距離を移動できるのかもしれない。
 いや、今はそんなことはいい。もうこんな夜中になってしまった。とんでもない時間眠りこけていたことになる。勝手に船をいじって寝ていたとなれば総統になにを言われるかわからない。
「もどらないと……」
 顔についた砂をはらい、俺は造船所へ歩き始めた。
 
 造船所へと戻る最中、街に対して違和感を感じていた。具体的に言葉にし難いが、なんだかレプリカの町に人形として入り込んだみたいに現実味が無い。
 造船所は確かにそこにあった。俺は重い扉を開け中に入る。
「誰だっ!」
 暗闇の中から声が聞こえた。明かりのスイッチを入れると、そこには俺と同じぐらいの歳の男がこちらを睨んでいた。
「なんだ、空き巣かいあんたは。総統の留守を狙ったかしないが、運が悪かったな」
「質問に答えてもらいたい。あんたは誰だ?」
 渋々俺は答えた。
「俺はここの主人である総統の手伝いにきた者だ。まあ……訳あってこの時間まで外にいたがね。お前こそ誰なんだ」
「僕は……。そう、総統。その総統について調べている者だ」
「総統について?」
「彼の暗黒面をあんたは知っているか」
 男は無造作に置かれた総統の書物の中から一冊の本を取り出した。それをパラパラめくり、目標のページを探していく。
「総統は昔っから船ばかり作っていた家系の生まれた」
 見やすいようにひっくり返して俺に差し出す。そこには家系図が記されていた。様々な名前が葉脈のように枝分かれした一番下、「ライオット」という名前がポツンと残されている。
「それが総統」
「彼は幼少期に自分の家の物置にふざけて入ったことがあった」
「待て、一体なんの話をしている?」
「頼むから聞いてくれ」
 男は俺を遮り、話を続けた。
「物置には彼の先祖たちの記した造船の技術の一部始終が残されていた。ライオット少年はそれに魅せられ、頻繁に物置に入り、その文書を読むようになった」
 男は妙に聞きたくなる話し方をする奴だった。
「その残された文書の一説。それがライオットという人間を形作るきっかけになる。それは人体を部材にして作られた船には不思議な力が宿るというものだった」
 俺は声が出そうになったが、黙って続きを聞いた。
「最初は絵空事だと思っていたが、妙に明確かつ淡々とした描写に心を奪われた……」
「やけに詳しいな。総統について」
 俺の言葉を聞いて男はまた、別のノートを手に取った。厚みはないが、今回は複数あるようだ。
「彼の日記だ。これまでの話は全てここに書かれている」
 その中には総統がいかにして育ったのかが残されていた。船については勿論だが、複雑な家庭環境だったことが窺える手記だった。その日記はナンバー6まであり、俺は最終巻のナンバー6を開いた。それはなんということはない日々の記録だった。文体や生活の空気感からまだ若い頃であることがわかる。
「それ以降の記録が残されていないのは、きっと書き残してはいけないようなことをし始めたからではないかと僕は考えた。でも総統はここにはいない」
「総統がいない?」
「このナンバー6を書き終えたあたりから総統は消えたって言ってるんだよ。さっきは総統の手伝いだとか訳のわからないことを言いやがってさ」
 訳がわからないのはお前の方だ、と思った。なんなんだこの男は? どうやら総統が人間船を作っているのではないかと推測し、総統を追っているらしいが……。
 でも嘘を言っているようには思えない。話が出来過ぎているし、見ず知らずの俺を騙す理由がない。話の辻褄が合わなくなった。まるであの白い船に乗ってから異世界にでも飛ばされたようだ。
 思考をあきらめかけた瞬間、バラバラだった頭の中の点と点が結びつく気配を感じた。俺は白い船に乗って、ここにきた。でもここは異世界なんかじゃない。間違いなく俺の故郷である町だ。造船所に来るまでに感じたあの違和感。あの時は現実味がない、ぐらいにしか感じていなかったが、今ならはっきりその違和感の正体を言い当てることができる。
 全てが、新しくなっている。俺が知っている公園や建物が全てがピカピカだ!
「あ、あと人間船の記録についてだが」
「大丈夫。その説明の必要はない」
 男は手元から顔を上げてこちらを見た。
「俺はそれに乗って、この時代に来てしまったらしい」
 
 男は名をピオットと名乗った。数年前にこの造船所を見つけたのをきっかけに総統を追っている。人間船を作っている疑いがあるからだ。そしてその疑いは今、確信に変わった。
「それは本当か?」
「本当も何も、人間でできた船が不可解な力を持つ。そう言ったのはお前だろう」
 ピオットはなかなか信じようとはしない。
「それはそうだが、改めてそんなふうに言われると嘘みたいな話だな。君が時を超えて来たってなら証明して見せなよ。手っ取り早い方法がある」
 そうして俺達は白い船のある浜へ向かった。
「なんてことはない。僕もこの船で時間旅行へ連れてってくれよ。そうしたら信じよう」
「俺は別にあんたから疑われようが、どうだっていいんだがね。それよりもこの時代をもっと観光したい気分だ。なあ、ここは今何年なんだ?」 
 ピオットの答えた年数は俺の生まれるぴったり二十年前だった。 
「すごい! 要するに俺は四十年前にタイムスリップしたわけか」
「タイムトラベラーのくせして、自分が何年に来たかもわからないのか。多分そのダイヤルを操作するんだろう?」
 奴は船に乗り、そのダイヤルを触ろうとした。俺はそれを必死に抑える。
「おい、こら! お前が変な時代にこの船を持っていったら、俺が元の時代に帰れなくなるだろうが!」
「うるさいな……。だから一緒に来たらいいだろう。それにもう手遅れさ」
 俺達を乗せた船は前と同様に、浮かんで光った。
 今度は大して場所の移動はしなかった。厳密に言えば多少は出発地点からズレているが、夜の砂浜ということに変わりはない。俺はまたも船から投げ出されていた。ピオットは俺よりも先に起きて、船を観察していた。
「すごいなこの船は。まさか実現するとは」
「実現するとは、だって?」
「ああ、いや、こんなデタラメな物が本当にあるんだと思ってね。実に興味深いことだ」
 二回目の俺でさえこの状況を受け入れられていないのに、こいつはいたってのんきというか、好奇心のほうが勝っているという感じだった。
「どうするんだ? 今度こそ、この場が何年なのかわからないぞ」
「いや、ダイヤルは八桁だった。だから前半を年数、後半を日付と仮定して二十二年後に入力してみたんだ。特に意味は無いけど、僕の時代からピッタリ二十二年後。正確に時間移動できたのか確かめに行こう」
「だから待ってば! 本当に自分勝手な奴だな」
 ピオットに手を引かれ、再度造船所に戻った。今日だけで一体、何回行ったり来たりを繰り返せばいいのだろう。まあ時間を移動しているから「今日」という言い方は少し変な気もするけれど。
「僕は君ほど肝が据わってないから、窓から中を確認して侵入するか判断するよ。中に総統が居るかもしれないし」
「それはあの時、自分がまさかタイムスリップしてるなんて思わなかったからな。俺だって知ってたら警戒したさ」
 窓から中を覗いたピオットは、まるでゴルゴンと目が合ったみたいに固まった。
「これは……」
 彼は唖然としていた。
「おい、どうしたんだよ。なにかすごいものでも見たか?」
 俺も窓の端から少し顔を出して、中の様子を確認しようとした……。
 
 自分のことを後悔する間も無く、僕は中にいる男と目が合い、話しかけられた。
「まあ中に入れよ。話はそれから」
 言われるがまま、造船所の中に入る。そこには外から見えたのと同じ光景が広がっていた。血まみれの人間が二人。一人はナイフを片手にたたずみ、一人は倒れて動かなかった。
「ああ、やっぱり……!」
「そんなに驚くことはないだろうよ。僕は君なんだから」
 そう言って男は近くの木の椅子にどかっと座り、机上にナイフを放り捨てた。
「そこで死んでる男。あれで僕は今から船を作るわけだけど、この男は外にいるやつの父親っぽいんだ。肩の辺りに変な刺青がある。ほら、そっくりだろう」
 外にいるやつというのは、僕が先程そこらの岩で殴って気絶させたタイムトラベラーのことだろう。この惨状を見られてはならないと、つい体が動いてしまったが、息はあるようなので安心した。
「子供も生まれて幸せの絶頂って時に、悪いことをしたな」
「そう思うならなんで、この男を? 人間だったら誰だってよかったんだろう」
 男は自信たっぷり微笑みを僕に送ってくる。高慢な態度が前面に出ていて、限りなく不快だった。自分が将来こうなるとはあまり考えたくない。
「なんでこの男をって。じゃあ、寝たきりで死を待つばかりの老人を狙えば満足か? 命に順番付けるなよ。それに、こいつを狙ったのにはちゃんと理由がある。未来に妙な影響を与えたくなかったからだ」
 僕には言っている意味がわからなかった。
「例えばだ。僕が船を作らないとこの瞬間に決心して、将来的に船が本当に船が完成しなかったら?」
「当然、未来は変わるだろうね。今こうしてタイムスリップしていること自体がおかしくなる」
「その通り。逆を言えば、変なことはせず、このまま順当に未来へ進めば僕はタイムマシンを作る男になれるということだ。その未来を決して崩してはならない」
 男は立ち上がった。そして物で溢れかえった造船所の最奥、布を被せられたそれを僕に見せた。間違いない、僕がこの時代にやってきた時の船と全く同じ物だった。
「どうして、この船がこの時代に? だってあんたはこれから、この船を作るんだろう」
「じきにわかる。なんせ時間旅行ができたんだ。どんな不可解なことだって、この世には起こり得る。それよりも忠告だ。未来を崩してはならないと言ったが、これは他人事ではないぞ。僕はお前なんだからな。今日から毎日、時の船について考えながら生きるんだ」
 男の語りは熱を帯び始めた。思わず圧倒されてしまう。
「そして二十二年後、同じようにナイフでこの男を殺せ。そして今みたいに過去から自分が造船所にやってくるだろう。そうしたらもちろん、今日俺が話したようなことを言え。実を言えば、今日僕が言ったことはだいたい、昔に自分が聞いた言葉の受け売りだったりする。気を悪くしたならすまない」
 僕は黙ってうなずいた。
「よし、いいぞ。そしてこれからのことだが、外でひっくり返っているやつを元の時代に戻しに行け。向かうべき日付はマストに掘り刻まれている。さあ、いつ目を覚ますかわからない。急ぐんだ!」
 背中を押され外に出ると、窓辺でやつは僕に殴り倒された状態でまだそこにいた。僕はそいつを担ぎ、言われた通りにマストに刻まれた八桁の数字を見つけ、その時代へ向かった。
 
 その年に到着し、造船所の中に入ると中で年老いた男が待っていた。
「よく来たな。そいつはその辺に寝かせて、お前はこの船で自分の時代へ戻れ」
 老人は奥から別の時の船を出してきた。こちらの方が幾分か新しく、ピカピカに見える。
「そりゃどうも、総統さん。というか、なんで総統って呼ばれているの?」
「周りが勝手に呼ぶんだよ。まあ、この船以外の功績なんてどうでもいいことだがね。さあ早く行け。船を元の位置の片づけて、お前が帰れば一件落着なんだ」
 こうして将来の自分とゆっくり語らうこともなく、僕は元いた時代へと帰った。
 僕は決して狂うことの許されない運命の歯車として、人生に組み込まれてしまったような感覚があった。これからは未来を変えないようにレールの上をただひたすらに生きなければならない。憂鬱じゃないと言えば嘘になる。でもそんな気持ちも「こいつ」でこれから紛らわせることができるだろう。
 僕と共に帰ってきた一隻の時間を旅する船。それを撫でて眺めていると、僕は自分の笑みを抑えることができなかった。
 
 気がつくと俺は造船所の床で横になっていた。
「やっと目が覚めたか。まったく、手伝いに来たというのにさんざっぱら眠りやがって。ほら、起きたんならもう遅いから帰れ」
「なあ、待ってくれ! その……」
 俺は言おうとしたことを飲み込んだ。二十歳にもなって、タイムトラベルを信じ込んでいると思われたくなかったからだ。それにしても、いやに鮮烈で鮮明な夢だった。
「やっぱり、なんでもないです。今日はすいませんでした。また日を改めて来させてもらいますんで」
「ふん、まあ別に手伝いなんて気が向いたらでかまわん」
 外に出ると完全に陽も落ち、あたりは真っ暗闇だった。本当に長い間俺は夢を見ていたのだ。そう思えば思うほど、総統になんだか申し訳ないような気がしてきた。
「次は菓子折りでも持って、ちゃんと謝りに来よう」
 今朝ここにくる前では黒い噂だなんだと聞いて警戒していたが、案外いい人そうで、本当に助かった。  

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