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イカトマトカイ

目覚めるとひとりだった。

そういえば。
しずかが朝っぱらから何か作っていたっけ。
キッチンにあったそれは思いのほかイケた。
イカとあさりのトマト煮。
まだ温かかい。
たまらず冷えた白ワインを取り出す。

ほんの昨夜のことで思い出し笑い。
 

「ねえ、わたしの小指見て」

そういわれるとたしかにちゃんと見たことなんかなかった。
ちょっとびっくりだった。
可愛かった。
そして、確かに短かった。

「ばかね」

玄の手を取りそっとキスをして優しく叱られる。
そのまま小指の先を甘噛みする。
鼻にかかった呻き。
不意にスイッチが入ってしまった。
そんなつもりじゃなかったのに。
 

ガーリックが効いている。
イカとあさりのトマト煮。
 

終わってから自分の手をじっと見た。

「ねえ、ほら、これ見て」

左の中指を摩りながら玄に見せる。
第二関節の周辺だけ盛り上がっている。

「え、なにこれ」

タコだった。
とても珍しいのは間違いないはずだ。

「当てたら、明日早起きしてメシ作るよ」

玄は僕のその指を揉んだり摩ったりしながらじっと観察している。
くりんくりんの瞳にボサボサ頭。
その姿を思い浮かべてまた口角が上がってしまう。

結局、当てられなかった玄が朝食を作った。
スマホを手に取るともう正午をまわっていた。

勢いでワインを注ぎ足すとちょうど散歩から帰ってきたらしい玄がそれを奪い取りうまそうに飲んだ。

「やっとお目覚めか。そいつの味はどうだった?」

コクコク頷くと玄は満足げに腰を下ろした。

「タコでなんか作りたかったけどなかったからさ。冷凍のイカでも悪くないでしょ」

「なんでタコにこだわってんの? これはね、ある楽器をやった人だけにできるタコなんだ」

「わかんないよぅ」

「ふふふ」
 

『左手中指の第二関節内側にできるタコはなんのタコでしょうか』

これはたぶん音楽に詳しい人間でもわからない。
この楽器の関係者以外は音楽関係者でも知らないんじゃないかと思う。

でもまだ教えてやらないんだ。

当分の間、これをネタに遊ぼうと思う。
イラついた玄がいつ怒り出すか、それだけが心配だけど。
 

(了)
 
 
 
 
訳あってまだ『指』のテーマから離れられません(笑)
 
 


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